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鋼鉄はいかに鍛えられたか 著:N.オストロフスキー

死に立ち向かって進む人間だけが、あんなに情熱を込めて歌えるのだ。
(上巻 P.276)

 構成

岩波文庫から発行、上下巻の2冊に分かれており、合計600ページぐらい。
翻訳も読みやすいですが、人物名が複雑で、登場人物も多いため、人物の把握には苦労します。特に、ロシア文学は、名前が複雑で、主人公のパヴェルも、パフカ、パブルーシャ、など、呼び方が様々あります。登場人物一覧が欲しいですね。あと、ロシア帝国から、ロシア革命第一次世界大戦、その後の国内戦と第二次世界大戦前までのロシア史、トロツキーやレーニンなどについてちょっとでも知っていると、とても楽しめると思います。

内容と感想

ウクライナの街、シュペトフカに住んでいる、主人公、パフカ(パヴェル・コルチャーギン)は、いたずらにより、学校を追い出されてしまう、その後、駅食堂の厨房や、発電所で働いていたが、ロシア革命により、ロシア帝国が崩壊し、ソ連が誕生、それに父もない、ドイツ軍によるソビエト侵攻(第一次世界大戦)が発生する。第一次世界大戦後、町は赤軍によって解放されるが、その後、シュペトフカはウクライナ社会主義党の大アタマン・ペトリューラの部隊によって占領されてしまい、略奪や暴行が起き、パフカも処刑されそうになってしまう。ある手違いから、間一髪、処刑の危機から脱出し、そして、赤軍が再び街を解放する。主人公パフカは、赤軍騎兵の一員として、国内戦などを生き抜き、その後は、共産党の組織の一員として、ソビエトの発展のために働き、激動の時代を生き向いていくが、1920年の国内戦参加時に負った、背骨への傷が悪化し、一気に病気がちになっていく。パフカは、療養や、手術を繰り返すも、手足の麻痺や、失明などの、重い症状が頻発する。それでも、革命の戦列から、落伍し、党のために働けなくなることを恐れ、仕事に復帰しようとするが、重い病状のため、それも叶わなくなっていく、そんな中、パフカは、最後にある方法で、革命の戦列へと戻ろうとする。

「鋼鉄はいかに鍛えられたか」は、ロシアの作家、ニコライ・オトロフスキーが、失明や全身麻痺などの病気と闘いながら、出版し、ソ連内外で高い評価を受けた小説である。題名の、鋼鉄はいかに鍛えられたか、を見たときに、プロパガンダかな?、と思った。確かに、ウクライナの国境警備兵が、「ごきげんよう、同志」と親しげにあいさつを交わす、赤軍兵と上官を見て、自分の上官がこのように、親しく話しかけることはないだろうな、と思う場面など、プロパガンダっぽい部分もあるけれど、しつこいプロパガンダ全開の話では全くないし、主人公が、農奴から、赤軍騎兵、そして共産党組織の一員として、戦争や、鉄道建設、匪賊への対処など、立ちはだかる様々な問題を解決していく姿は、ソビエト版のサラリーマンもののエンタメ小説のようでとても面白い。また、wikipedia参照になってしまうけれど、作者はソ連の体制については、批判的であったそうだ、その理由もこの小説を読むとなんとなくわかってくる。ソ連では、レーニンの死後、スターリンが独裁的な体制を築いていくけれど、この小説中で行われる社会主義は、議論を戦わせ、民主的に採決し、実行する、という、独裁体制とは真逆を行く方法で計画を実行していく。ソビエトや、共産主義というと、独裁のイメージが強いけれど、社会主義共産主義思想の理想的姿とは、まさに小説中にあるようなものではないだろうか。

そして、この小説は、作者、ニコライ・オストロフスキーの半自伝的小説であるらしい。(wikipedia参照)主人公の、住んでいた町の名前や、食堂、発電所で働いていた話、そして、失明などの病気や、その後の生活など、相当の共通点がある。この本のあとがきにもある通り、自伝的小説であるがゆえに、強烈な個性を持ったキャラクターがあまり出てこない、など、欠点はあるものの、退屈は決してしない。戦争と平和罪と罰、などと違って、「眠くならないロシア文学」の一冊として、ぜひ読んでみることをお勧めする。