イスラム国の戦車・機甲戦力 ”工場”の物語 Part1

 イスラム国関係について面白いブログ記事を見つけたので翻訳して見ました。下手な文章、そして、誤訳が含まれると思われます。誤訳を見つけられた場合は、ご指摘いただけるとありがたいです。

 イスラム国は、シリア、イラク、そして海外を含む戦場で、これまで存在した中で最もデザインされ、洗練されたテロリストグループを未曾有の独創性、創意工夫、そして残酷さによって打ち立てられた。2011年のイラクからの米軍撤退というセキュリティーの欠落を悪用し、また、シリアで戦力をスマートに吸収することによって、イスラム国は、元々の反政府運動のゴールを効果的に奪い取った。イスラム国は、シリアやイラクだけでなく、全世界の脅威として、急速に現れようとした。

 最前線において、イスラム国の、イラク内の交戦的な集団から、イラク、シリア一帯そして、全世界をカリフによってコントロールすることを自称する集団への突然変異は、イスラム国の戦場で遭遇する様々な状況に素早く適応する能力と適切な対応策を考え出す独創性、そして、適応、という名の熱心な処刑によってなされた。戦闘という分野において、イスラム国がイラクとシリアに持ち込んだその突然の変化は、それに巻き込まれた彼らには衝撃であっただろう、そして、その変化は大規模なマンパワー、武器と特に航空戦力の導入によってのみ食い止められるであろう。

 イスラム国の崩壊に狙いを定めている大規模な軍事力は、2001年に陥落したアフガニスタン・イスラム首長国以来見たことのなく、また、それ自体をゲリラ戦と従来の戦闘で敵と交戦することができる力だと仮定する、自称カリフ制と戦わされるであろう。イスラム国によって捕獲された膨大な量の兵器類はイスラム国に地上において、精密誘導兵器によるイラクとシリアでの作戦中に配備された膨大な量の重火器類を含むイスラム国の財産への攻撃という継続的な脅威にもかかわらず、自らよりも強い相手に挑戦することを許した。

 それらの作戦中の装甲戦闘車両(AFV)、イスラム国がシリアでのみこれまでに捕獲し、作戦で使用した、シリアを政府軍によって操作された世界で二番目に大きい機甲戦力としていた200両以上の戦車と約70両のBMPを含む、の使用に例外はない。実際、シリアを支配しようと格闘していた様々な反政府組織が彼らの存在の中で、ある(限られた?)時点でのみ装甲戦闘車両(AFV)を作戦で使用した一方、イスラム国のみが、そのような巨大で組織化された、国や州によって設立されたいくつもの優れた軍隊と、装備の量と質はもちろん使用する戦術も同一のスケールで、機甲戦力を配備した。

 AFVに技術的な支援を供給しようとする努力の中で、イスラム国はいたるところにあるウィラーヤ(アラブ世界での行政単位の一つ)のいくつかで、戦場での将来の使用に向けて修理と改良を行う戦車工場を作った。全ての行政単位が装甲化即席自爆車両(VBIED)を製造する任務を負った工場を持つ一方、一部のウィラーヤは装甲戦闘車両を修理、改良できる重要な工場を持つ。シリアでは、二箇所のメジャーな工場が作られようとした。その「工場」は、Wilayat al-Raqqa(ラッカ)もう一つは、Wilayat al-Khayr (デリゾール)に存在した。この記事は、「工場」として知られるラッカの「装軌車両工場」の仕事について扱う。

 Part2に続く。