ΑΩ 著:小林泰三

どんな本?

 人間とは全く違う生命体である「ガ」はガの一族を攻撃した「影」を追って地球へやってくるが、その時に航空機と衝突、墜落させてしまう。地球に降り立ったガは、地球上での生命維持の為に墜落した航空機に乗っていた会社員、諸星隼人の体を借りることにする。その結果、死んだはずの諸星は事情を知らぬまま再び蘇り、ガと「影」との戦いに巻き込まれてゆく…

内容と感想

 情報生命体である「ガ」が「影」という別の生命体を追って地球に飛来、それに巻き込まれて死亡した人間、諸星隼人の体を借りることになる… というストーリーは、全体として「ウルトラマン」のパロディになっている。諸星とか、隼人とか、そして隼人が(本人の意識のない状態で)「ガ」の戦闘体に変身した時の描写など、各所に「ウルトラマン」を彷彿とさせる描写がある。
 「ガ」の生態は、情報生命体、という実体としての体がなく、プラズマや電磁波などとして情報のみが存在する生命体、という大変理解しにくいものだが、そんなガの一族の生態や、戦闘体に変身する際の描写など各所にSF的な練りこみがあり、読んでいて面白い。
 そして、作者らしい「グロ」も満載で、冒頭の飛行機事故の場面や後半の融合した人間や生物の肉壁、(血管住宅ってやつね。)などは、想像するだけでえぐい描写だ。諸星の体が損傷していくに伴い、ガが戦闘体に変身できる時間も減っていき、さあ、どうする? と読者の気を引きつけて離さない。最後は「ウルトラマン」ではお馴染みの「あの時間」まで減るのは笑える。
 一言でまとめてしまうなら、めちゃスプラッターウルトラマン。情景を頭に浮かべながら最後まで流れるように読もう。

 

【感想】ジョン・ウィック チャプター2

どんな映画?

 マトリックスなどで有名なキアヌ・リーブスが伝説の殺し屋「ジョン・ウィック」を演じて大ヒットしたアクション映画「ジョン・ウィック」の続編。

映画の内容

 逃げるバイクとそれを追うジョンの車。冒頭からのカーチェイスの末、バイクの男を殺したジョンは、カードキーを奪い取り、前作「ジョン・ウィック」で彼の愛車を奪い、亡き妻からもらった子犬を殺したロシアンマフィアのヨセフ・タラソフのおじのアジトへと奪われた愛車を取り戻しに向かう。
 次々とマフィアを殺し、愛車を奪い返した彼だが、カーチェイスの末、車はボロボロになっていた。彼は車を闇自動車修理工のオーレリオに修理を頼む。
 そして、彼は平穏な生活に戻るべく、銃やスーツを地下室の床下の箱に入れ、封印する。
 そんな彼の元に、イタリアマフィア「カモッラ」のボス、サンティーノが訪れる。
 彼はジョンとサンティーノがかつて交わした血の契約を果たすべく、不可能と言われる暗殺を依頼する。しかし、平穏な生活を望むジョンはその依頼を拒否、サンティーノはグレネードランチャーで彼の家に放火し破壊する。家、そして、妻との思い出を破壊されたジョンは、サンティーノの依頼したサンティーノの姉の殺害、そして、サンティーノへの復讐を決意する。

 感想

 前作から引き続いての無駄のないアクションとかっこいいカーチェイスシーンが魅力的。ストーリーは何かへ収束していく、というより「殺しが殺しを産む」、というように次から次へと組織や人物が出てきては死んでいくような感じで、先が見えない。綺麗な結末のあるストーリーというより、むちゃくちゃに話が広がっていく感じだけれど、何かを解決する手段として、殺し、しか方法を知らないのだからしょうがないよねぇ…
 作中では「無敵ガジェット」的な感じで防弾スーツが登場する。これのおかげで、少しぐらいの被弾を物ともせず敵を撃ちまくるスピィーディーなアクションが生まれているけれど、逆に「どうせたまに当たっても死なないんでしょ」と思ってしまうのが少し残念だったかも。

ブラックボックス展の追記

ブラックボックス展と痴漢の話

 先日ブラックボックス展について書いたけれど、気になる記事をいくつか見たので追記します。
 ブラックボックス展の感想を見るに酷評とかじゃなく、問題になりそうなものがいくつかあった。
 「何もないじゃねーか、クソが」系のもの、展示会の意味がわからなかったひとの感想はまあしょうがない。
 私も、「理解できねーよ、ぶっちゃけ眠い」という感想しか出てこない展示会に行ったことあるし。(ちなみにその芸術家は有名で評価もしっかりしている方なので、私の見る目がないだけです。)
 だけれども、痴漢があった、それも結構多数、というのは展示会の意味以前の問題だ。まず、ブラックボックス展の暗闇を利用して痴漢をしよう、と考えた人がいたのはびっくりした。
 私が思うのは、この騒動は防げたし、こうなることを予想して対策するべきものだったと思うけど、まず大事なのは、「痴漢したやつが一番悪い」という原則。
 私はサザエbotの中の人の人格や人柄については何も知らない。
 なので、私は、なかのひとよ氏が痴漢を誘発させるためにこの展示会を開催したとは思っていない。
 ただ、私が、実際あの展示会を見に行った時に(暗闇だから手を伸ばして歩くわけだけれど)これは人に触ってしまうのではないか? という疑念を抱いたのは確か。(代わりに壁に手を触れて、前には手を出さないことにした。)
 そして、暗室前のスペースで「胸を触られた(手が当たった?)?」みたいなことも聞いた。
 今回の痴漢騒動について、これは防げたであろうし、防がなければならないものだったと思う。
 例えば、暗視式の監視カメラをつけたところで展示会の内容、持つ意味になんら変化はないのだから。
 私は自分の持つ価値観を揺さぶり、当たり前を破壊する現代アートが大好きだ。
しかし、現代アートが一人の人間の人生を破壊するものであってはならない。

【行ってみた】ブラックボックス展 ー感想と考察ー

どんな展示?

 twitterで有名な「サザエbot」の中の人、「なかのひとよ」氏による展示会。
「展示内容を口外してはならない」という規則に同意した人だけが見ることができるその展示会は、「何やらとてつもない展示である」として話題になって行った…

内容と感想

 私はこれをtwitterで知った。
それまではサザエbotなどその存在も知らなかった。
そして、展示会の内容を確かめるべく、現地へと向かった。

予想以上に予想通りだった。カーテンで区切られた暗室の中には「何もなかった」

 ブラックボックスとはなんだろう? 
 ブラックボックスとは入力と出力はわかるけれどどのような加工をしているのかは分からない、そんな箱のことだ。
 例えば、3×a=9 で,2×a=6 このとき、入力とそれに対する出力はわかる。
(入力:3→出力:9 入力:2→出力:6)このときのaがブラックボックス、というわけ。
 今回のブラックボックス展では、その展示内容はわからなかった。しかし、twitterリツイートされ、たくさんの人が並んでいる、という入力とtwitter上での感想という出力は分かっていた。
 入場の列に並んで人を観察していると、前後の人はtwitterで書き込みをし、並ぼうとして歩いてくる人もスマホを片手に、出口から出た人も、門番に弾かれて入れなかった人もすぐにスマホを取り出していた。
 中身については不明のまま、入力と出力の情報は拡散されていく。
そして、ブラックボックス展は、それに関する情報が真実であるか、偽の情報であるか、に関係なく、「twitterで話題」ということによって、価値を持った。
 私たちが日々目にして、ツイート、リツイートしていること、実はなんの価値もないのかもしれない。
 あの門番の「選別」もほとんど意味のないものであったに違いない。
 

 何もない展示会を見終わるとカードをもらえる。そこには内容や配布物に関して、一切公言しないこと、そして、内容に触れない感想であれば、酷評でも絶賛でも書くのは自由であること、嘘の感想を書くことも許可するということが書かれていた。
 そして、ブラックボックス展に関して調べると一番よく見かけた感想は偽の内容であった。
 カードには偽の感想を思いつかなかった人のために、偽の感想の例を募集するサイトのURLが書かれていた。
 偽の感想を投稿してください(Post Truth)という入力欄があった。この”Post Truth”とは、トランプ大統領の発言で有名になった「フェイクニュース」が話題になり、それが大きな影響力を持つ、「真実以後の時代」という意味で最近使われるようになった言葉だ。(Postには〜後、という意味がある)
 偽の感想を入力する欄に「Post Truth(真実を投稿する)」という入力欄があることと、偽の感想ですら他人の受け売りであることへの皮肉だろう。
 そして、現在そのURLには「自分で考えよう」とある。

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痴漢騒動について思うところありまして追記しました。

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軍事大国ロシア 新たなる世界戦略と行動原理 著:小泉悠

どんな本?

 冷戦終結後の世界情勢の中で、ロシアがクローズアップされる出来事が増えている。ロシアのプーチン大統領は、世界でもっとも影響力のある人物に選ばれた他、クリミア半島の併合、最近ではシリア空爆など、多極化する世界の中でロシアの存在感が増してきている。本書はそんなロシアを「軍事大国」という側面から見た一冊。

内容と感想

 最近の世界情勢の中で、クリミアやシリアなどで存在感を増す国「ロシア」。日本人にとって馴染みが薄い国だが、本書はそのロシアを「軍事大国」という側面から分析することによって、様々な紛争でのロシアの行動原理を明らかにしている。
 プーチン政権下で愛国教育に重点を置いた政策が行われ、ロシア国民の中でロシア軍の信頼度が向上していること、ロシア語には「安全」という言葉が存在せず、「危険のない状態」というニュアンスでの「安全」しか存在しないということ、軍事パレードや戦車、兵士のモニュメントなどがあり、軍がロシアの生活の身近にある一方でその軍事が秘密の壁に閉ざされていること、など、勉強になることが多い。
 ロシアに行ったことがあるならわかると思うが、地下鉄駅や橋、古い建物には未だに旧ソ連の紋章が付いているものも多いし、「大祖国戦争勝利記念」(ロシアで第二次世界大戦大祖国戦争という)の戦車や兵士の像があるほか、対独戦勝記念など軍事博物館が各所に存在する。
 ロシアの軍事、武器輸出を中国、アメリカ、北朝鮮、シリアなどのロシア外交、国際情勢との関連から分析しているのも、単なるロシア軍の兵器、組織解説に止まらない本書の魅力となっている。
 例えば、北朝鮮の核・ミサイル開発について。詳しい人でなければ、「ロシアと北朝鮮は仲いいんじゃない?」と思うかもしれないが、北朝鮮が軍事力をつけると米軍が韓国にミサイルディフェンスシステムを導入し、極東でのロシア軍の影響力が相対的に低下するため、ロシアは北朝鮮の核・ミサイル開発に反対の姿勢をとっているとか。
 ミリタリについて語るとき、(私も含め)「ミリオタ」と呼ばれる人たちは、兵器や軍の「強さ」について語りがちだけれど、実際は軍をどのように配備するか? どのような仮想敵を設定しどう対処するか? などはある意味、外交の延長線上にあるものだ。日本ならば、「外交の延長としての軍事」は、せいぜい海外派遣や周辺国への装備移転ぐらいだから、本書中の外交と絡めたロシア軍の戦略についての記述はとても興味深い。
 現代ロシア軍や軍事という側面から見たロシアを知る上で欠かせない一冊だろう。

【行ってみた】クエイ兄弟 ファントムミュージアム

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どんな展示?

 悪魔的、幻想的、と言われる映像作品「クロコダイル・ストリート」などで有名な芸術家クエイ兄弟
 その学生時代のドローイングから、映像作品、そして、クエイ兄弟が手がけた舞台芸術インスタレーションまでを網羅した、アジア初の本格的回顧展。

開催場所は?

 渋谷駅から少し歩いた所にある松濤美術館で開催。
 2階と地下1階の展示スペースで展示が行われています。

内容と感想

 松濤美術館に入館するとまず地下1階へ。
地下1階では鉛筆で書かれた絵や兄弟が製作した架空の映画ポスターなどクエイ兄弟のドローイングを見ることができる。そのほかにもクエイ兄弟に大きな影響を与えたとされるポーランドのポスター展で展示されていたポスターが参考出品されているなど、クエイ兄弟の作品だけでなく、彼らに影響を当てた作品も見ることができる。作品は全般的に暗めで、「怖い絵・不安になる絵を貼ってけ」系の掲示板で見そうな感じがする。路上に立ち、遠くの路面電車を見る人や、ゴールの前に立ち、ペナルティーキックを待つ人など、不思議で幻想的ながら不安を感じるような作品が多かった。
 次は美術館2階の展示室へ。
 2階ではクエイ兄弟の映像作品や撮影に使用したセットが展示されている。
 展示会ポスターの写真として使われている「ストリート・オブ・クロコダイル」の一場面もある。映像作品としては「ストリート・オブ・クロコダイル」の一部など短編作品を中心に数作品の映像を見ることができる。作品の雰囲気としては何よりも「幻想的」。ヤン・シュヴァンクマイエルが好きな人ならきっと見入ってしまうはずだ。最後の展示はクエイ兄弟インスタレーションや舞台作品などが写真で紹介されているものであった。
 あと、関係ないけどこの美術館について。
 この美術館は地上2階、地下2階建になっているらしく、建物はドーナツ型、中央は地下2階から最上階まで吹き抜けになっており噴水のある池があった。内部は出入り口がアーチで仕切られていることもあり、「白い箱」というイメージの強い美術館とは少し違った面白い建築だった。

公式サイト

クエイ兄弟 The Quay Brothers|松濤美術館

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玩具修理者 著:小林泰三

 日本ホラー小説大賞短編賞受賞作「玩具修理者」そして、「酔歩する男」の二作品を収録

あらすじ

玩具修理者

 男と女が喫茶店で話している。女はいつもサングラスをかけており、男がその理由を聞く。女は事故に遭い、そのためサングラスが必要になった、と言うのだが、男はそんな大きな事故の話は聞いたことがなく、真相をつかもうとする。そして、女は、昔、彼女の住んでいた家の近所にいた玩具修理者の話を始める。国籍も年齢もわからない謎の玩具修理者は、彼女から「ようぐそうとほうとふ」と呼ばれていた。玩具修理者の元に持ち込まれた玩具は、それがどんなに複雑であろうと元通りになって戻ってくるのだと言う。女やその友人たちは、様々なものを玩具修理者の元へと持ち込んでいた、ゲーム機や光線銃、そして猫まで、…

「酔歩する男」

 血沼壮士はある奇妙な経験をすることがある。いつも立ち寄る店にどうしても辿り着けない、しかし二、三日すると、その店にいつものように行くことができるようになる。そんな彼はある居酒屋で小竹田丈夫と名乗る見知らぬ男に話しかけられる、彼は自分と血沼はかつての親友であったのだ、と話す。小竹田と名乗った男は、明日になるとこの店に来られなくなる、などと話し、その話は一向に要領を得ない。帰ろうとする血沼だったが、自らの記憶に欠落があるのではないか、と疑い、小竹田の話を聞くことにする。小竹田は、かつて二人が親友であった大学時代の話を始める。二人がともに好意を寄せていた手児奈は駅で事故に遭い死んでしまう。手児奈を救う、ということに狂った血沼は、小竹田に医者になって手児奈のクローンを作るように要求する。小竹田は医学教授になるが、手児奈のクローンを作ったところでそれは手児奈ではなく、無意味だ、としてクローン制作を放棄していた。そんな彼の元に、大学院進学後、行方不明となっていた血沼が訪ねてくる。彼は脳の中で時間の認識を司る部分を破壊し、タイムスリップしよう、という計画を立てていたのだ。

感想

玩具修理者

 読み終えた時は、ミステリーっぽいかな? と感じた。男と女の関係はなんとなく読んでいてはわからないだろう、いわゆる叙述トリックというやつが使われているように感じた。
 玩具修理者が子供や猫、ゲーム機を分解するときの描写も魅力的だけれども、何種類かの玩具を分解し、それらの部品を組み合わせて元々の玩具を修理してしまう玩具修理者の不思議さと不気味さが特徴的だった。
 死んでしまった猫を「玩具」として玩具修理者の元に持ち込む友人や、自らの弟を「修理してもらうため」に玩具修理者の元に持ち込む女。「修理された」弟は一部にはゲーム機の部品が、一部には猫の部品が使われている。ちゃんと元どおりに動くからいいかもしれないが、元どおりに動けばいいのか、体の何割かがゲーム機や猫に置き換えられた人間は一体誰になるのか?
 短編で読みやすいながら、トリックもある一作品。

「酔歩する男」

 短編作品の玩具修理者に対して、本作は中編、こちらを一読した感想はホラーSFかな? というもの。
 「シュレーディンガーの猫」を理解できないと話についていくのは難しいかも。
脳の時間を認識する部分を破壊した結果、意識を失うと人生のどこかへとタイムスリップしてしまう体質となった小竹田の描写が恐ろしい。眠ると未来か、過去のどちらかに移動してしまう。例えば自殺などで死んだとしても、自殺→意識がなくなる→タイムスリップ、といういわば「死ぬことができず、自分の人生をループし続ける」状態になってしまう。
 脳の時間の認識法や、量子力学を取り入れたタイムスリップなど、理系なホラーSF、といった印象。