8月の砲声(上) 著:バーバラ・W・タックマン 訳:山室まりあ ちくま学芸文庫

構成

 第一次世界大戦開始前から、マルヌの戦いが起こるまでの間、ドイツやフランス、ロシア、ベルギーなど、各国の首脳部は、何を考え、どのように戦争を起こす、または回避しようとしていたか、について書かれたドキュメンタリーの上巻。
 1963年に、ピューリッツァー賞を受賞するなど、高い評価を受けている。
 上巻で448ページあり、冒頭には、登場人物の一部の写真、ドイツから見た東部戦線(対ロシア)と、西部戦線(対フランス)の2枚の地図が掲載されており、ドイツ軍の戦争計画について、理解を助けています。また、地中海での戦闘、ベルギー侵攻の部分には地図が付いています。

目次
第1章 大葬
戦争計画
第2章 「右翼最先端は、袖で海峡をかすめて通れ」
第3章 セダンの影
第4章 「ただ1名の英国兵」
第5章 ロシア式蒸気ローラー
戦争勃発
第6章 8月1日のベルリン
第7章 8月1日のパリ、ロンドン
第8章 最後通牒ブリュッセル
第9章 「落葉のころには家へ帰れる」
戦闘
第10章 「手中の敵ゲーベン号を取り逃がす」
第11章 リエージュアルザス
第12章 英国海外派遣軍大陸へと向かう
第13章 サンブル・エ・ミューズ

内容と感想

 まず、私はそれなりのミリオタとして、第二次世界大戦について書かれた本は、ある程度読んできた方だと思っている。対して、第一次世界大戦について書かれた本はあまり見かけず、「西部戦線異状なし」ぐらいしか知らなかったのだが、ある時、「8月の砲声」は必読、との書き込みを見て、これを読んでみることにした。
 まず、本書の冒頭は、1910年にイギリスの国王、エドワード7世が死去した、その葬儀の場面から始まっている。彼は、短い在位中に、日英同盟、英仏協商、英露協商を締結し、ピースメーカー、と呼ばれた人物であるらしい。(wikipedia参照
 平和条約が結ばれた、といえば、聞こえはいいが、別の言い方をすれば、各国が条約によってがんじがらめにされ、2か国間の戦争が、ヨーロッパを全て巻き込む戦争に発展し兼ねない、ということでもある。
 そして、ドイツ、フランス、ロシアの3カ国も、まさに、そんな関係にあった。フランスとロシアは、お互いがどちらかが攻撃されたら、攻撃した国と戦争をする、とい条約を結んでいた。(露仏同盟 wikipedia参照
 ドイツと雖も、フランス、ロシアを同時に相手にして戦うことはできない。ドイツが戦争に勝つには、輸送網が貧弱なロシアが動員を終えるまでの間に、フランスを攻め落とすこと、が必要になっていた。そして、フランスとドイツの国境には要塞地帯があり、突破は難しい。では、ベルギーを通って、英仏海峡の海岸線を沿うように大きく包囲を行い、フランスとの戦争に早期の決着をつけるしかなくなるのだ。
 そんなドイツ軍とそれに対する、フランスとイギリスの同盟関係など、「8月の砲声」上巻の中盤あたりまでは、ひたすら政治や戦略について語られている。戦争を理解する上で、必要ではあるのだが、純粋に「戦史」として各戦闘の詳細を知りたい人には退屈な部分であるかもしれない(登場人物も多いし)。
 しかし、この部分を理解することによって、戦争勃発以降、戦闘の進行が各国首脳部のコントロールを離れ、条約や軍の戦術の元、ブレーキが効かない状態のまま第一次世界大戦に突入していく様子を体験することができる。

「ですが陛下、それは不可能です。(中略)我が軍展開の段取りは、一年にわたる詳細な研究の結果完成したものなのです。

「一度決定されたことは、変更してはなりません。」

  各国の資料を詳細に読み込み、筆者の独断的な感想は避けた、という本書だが、なんだかちょっとだけドイツ側を悪く書いているような気がしないでもない。まあ、「ドイツの偉大なる目標を達成するために領土の拡大は必要なことである」という理由で戦争計画を立てて、実行する国をよく書くのも難しいでしょうけどね。
 まとめ? としては、「8月の砲声 上巻」からは、個々の戦闘の細かい描写は少なく、どちらかといえば政治的、戦略的な準備段階の話が多い印象を受けました。ただ、第二次世界大戦に比べて書籍数が少なめにも感じる一次大戦について知る上ではとても良い本だと思います。