標的は11人 モサド暗殺チームの記録 著:ジョージ・ジョナス 訳:新庄哲夫 (新潮文庫)

あらすじ

 ミュンヘンオリンピック開催中の1972年9月5日、西ドイツのミュンヘンで、「黒い9月」というテロ組織によりイスラエルのオリンピック選手団が人質にとられる、というテロ事件が発生した。西ドイツ政府は対テロ作戦を実行するものの、整わない装備や作戦の結果、人質が多数死亡する、という最悪の結末を迎えてしまう。
 イスラエル政府はこの事件を受けて、報復措置として、黒い9月やPLOなどのパレスチナ系テロリストの殺害を決定。イスラエルの諜報機関「モサド」から暗殺チームをヨーロッパに送りこむことを決定する。
 元コマンド部隊隊員のアフナーを始め、爆弾、書類偽造、自動車運転のスペシャリストたち、さらに証拠隠滅工作の担当を含めた5人の暗殺チームはミュンヘンオリンピックで殺害された人質と同じ、11人のテロリストを暗殺するべくヨーロッパへと向かう。
 暗殺チームは任務を遂行することができたのか、手がかりもない状態からどのようにして標的を暗殺するまでに至ったのか、現在は名前を変え、アメリカに在住する暗殺チームのリーダー「アフナー」が、イスラエルの報復作戦の全貌を明かす。

感想

 ミュンヘンオリンピック事件といえば、GSG9設立のきっかけになった人質事件であり、装備や訓練が整わない中、救出作戦が強行され多くの死者を出した事件としても有名だと思う。
 本書は、その事件に対して、報復としてパレスチナ系テロリスト暗殺のためヨーロッパに送り込まれた暗殺チームのリーダー「アフナー」が自らのチームが行った暗殺作戦の詳細を明かしている。書き方としては、ドキュメンタリーと言うよりも、アフナーを主人公としたスパイ小説、のような体裁で書かれており、爆弾や運転のスペシャリスト、大義のためでなく金のために情報収集や尾行、武器の調達を行う、「ル・グループ」という地下組織支援集団、さらには、美女暗殺者まで! 登場するなど、「これは本当にあったことなの? 創作なんじゃないの?」と思うような様々な人物、組織が登場し、暗殺作戦が行われていく。
 暗殺方法も、テロリストに対して「どこで何をしていても命を狙われる恐怖」感じさせるべく、ベッドでの爆殺、電話機爆弾、路上での射殺などなど、多種多様な暗殺が登場する。
 ターゲットの行動を監視し、暗殺作戦を計画する描写は読んでいて飽きないが、あえていえば、地下組織支援組織「ル・グループ」を使って、武器や情報の収集を行う描写が多く、悪く言えば「ワンパターン」でもある。
 「ル・グループ」がどのようにして武器調達を行い、情報を集めて行ったかが気になってしまうのだけれど、そこは「裏世界の掟」といったところか。
 暗殺が進んでいくにつれ、KGB工作員と遭遇してしまったり、直接ターゲットを射殺したことに対する抵抗感、自分たちが名前と顔しか知らない人間の情報を集め次々と暗殺できるのなら、相手にも同じことができるのではないか、という不安感、など、暗殺が進んでいくにつれ、アフナーを含めた暗殺チームの心理状態が少しずつ変化していくなど、読みどころは沢山ある。
 特に終盤、美人暗殺者が出てくるあたりから、雲行きが怪しくなってくる。結局、頼りにしていた「ル・グループ」などの支援者も所詮は金のために動いているにすぎない、彼らは本当に信用できるのだろうか? など、暗殺作戦、情報収集、を続けていくにつれ、すべてが陰謀に見えてしまう、その上に、パレスチナ系テロリストによるテロは減る気配を見せないのだから、暗殺チームにストレスが乗りかかってくる、はたして彼らは11人全員の暗殺に成功するのだろうか?
 本書はイスラエルが行った暗殺作戦の記録として読んでも良いし、スパイ小説、と思って読んでしまっても楽しめると思う。