【ミリタリー選書38】各国陸軍の教範を読む 著:田村尚也

-戦勝の獲得を確実ならしむる手段は、重点方面に兵力資材を集結して、該方面に決定的優勢を占むるにあり-(ソ連軍教範より 本書 P.35)

-卓越せる指揮と軍隊の優越せる戦闘能力とは戦勝の基礎なり-
  (ドイツ軍教範より 本書 P.32)

-訓練精到にして必勝の信念堅く軍紀到厳にして攻撃精神充溢せる軍隊は、能く物質的威力を凌駕して戦捷を完うし得るものとす- (日本軍教範より 本書 P.39)

構成

 軍隊の作戦行動の基礎や指針となるものをまとめたものを「教範」と呼ぶ。
 本書では、フランス軍、ソ連軍、ドイツ軍、日本軍の四カ国の陸軍教範を読みくらべることで、その国の軍の性質を明らかにしようとしている。
 全体で354ページ、ミリタリー専門書であるため、軍事知識があればあるほど楽しめると思う、また、作戦図や写真も各所に掲載されていて、理解の参考になる。
 各兵士向けの教範、というより、軍団や師団向けの教範を紹介しているため、銃の撃ち方、格闘の仕方、みたいな「具体的な戦闘マニュアル」を求める人には向かないだろう。どちらかといえば、「陸軍理論」「作戦の立て方」に興味がある人向けの内容である
 章立てはシンプルで、行軍、捜索(偵察)、攻撃、防御、ごとに4か国の教範を比較して取り上げる形になっている。

内容と感想

 各国陸軍、とあるが、上記の通り、フランス、ソ連、ドイツ、それに、日本の教範について扱っている。第二次世界大戦の主役である、アメリカ軍の教範について触れられていないのが気になるかもしれないが、「古くからの陸軍国であり、伝統的に陸軍の兵学で世界をリードし、独自に理論を発展させた国」の教範に、読者の関心の高いであろう、日本の教範をプラスした、4か国の教範を紹介することにした、とのことである。
 教範には、記事冒頭に挙げたように、各国陸軍の性質が現れていて面白い。
 「マジノ線」のイメージのあるフランス軍は、陣地戦志向の軍隊であり、第一次世界大戦のような戦争がもう一度、起きることを想定していたような教範だ。また、この教範は、「理論書」的な側面が大きいもので、具体的にどうこう、といったことはあまり書かれていない。
 一方、ドイツ軍は、「運動戦」志向、精鋭志向の軍隊であり、第一次大戦の浸透戦術(小部隊が各自、敵の弱いところを攻撃するような戦術と認識して結構です)の伝統から、下級の指揮官にも柔軟な判断を認め、「戦闘とは、自由であり、創造的な行為である」とするなど、攻撃面では先進的だが、一方、防御面では古さも残る。
  そして、最も意外だったのは、ソ連軍の教範が、とても先進的な教範であった、という点だ。ソ連軍、といえば、物量のイメージが強いけれど、各国軍が一つ一つの戦いに勝つ方法を記述するのにとどまっているのに対して、「決戦方面で圧倒的な物量の優勢を築くために、それ以外の戦線の兵力は、相手を押しとどめられるぐらいでいい」と記述されている。ソ連軍の「縦深攻撃」(wikipedia参照)が、画期的な戦法であることは知られている(はずだ)けれども、ソ連の教範は防御面でもとても優れていた、とは知らなかった。精鋭ドイツ軍と練度に劣り、物量しかないソ連軍の激突、というのは、わかりやすくはあるのだが、そのイメージについては、一考の余地があるだろう。
 とにかく先進的なドイツ軍と、古臭いソ連軍のイメージが意外な形で裏切られた本書だが、残念なことにイメージ通りだったのが日本軍の教範。
 教範の仮想敵国はソ連軍であり、物量で上回るのは不可能、なので、とにかく攻撃して相手を倒そう、というような内容。ドイツ軍がここぞというときに兵士に全力を出させるために「兵士を愛惜(大切にする)し」と繰り返し書き、ソ連軍が兵士の睡眠時間まで教範に書きそれを守るように指示した(実際はどうだったのか知らんけど)のに対し、日本軍の教範にそれという記述がないのは現代にも通じる「気合と根性」な国民性なのだろうか。情報が不確実な時もとにかく迷うより攻撃せよ、とあるのも結局は情報戦の軽視へと繋がっているような気がしないでもない。


 私のようなにわかのミリタリーマニアが語るのもおかしいが、とにかく弱いやられキャラなイタリア軍、精鋭だが物量に負けたドイツ軍、作戦も何もなく、とにかく物量押しを図るソ連軍、のように、一般的に各国軍に対するステレオイメージが完成しており、一般社会の間では第二次世界大戦がそのような「イメージ」でしか語られない、という側面があるように思える。そのイメージで一般社会を見る分には問題ないだろう。しかし、そのイメージだけでは正確な第二次世界大戦を知るのは無理がある。第二次世界大戦でなぜ、ドイツ軍が強かったのか、そして、ソ連軍はなぜ、そのドイツ軍を打ち破ることができたのか、など、第二次世界大戦に興味があり、各国の戦術理論を知りたい、と思う人には、お勧めできる一冊だと思う。