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【感想・ネタバレ】ドント・ブリーズ

映画

どんな映画?

 空き巣を繰り返すロッキー、アレックス、マニーの若者3人組がイラク戦争退役軍人の家に強盗に入る。相手は盲目の元軍人、強盗はすぐに終わるはずだったのだが…
 驚異的な聴力と戦闘力を持つ軍人から逃げたければ息をする音すら消さなければならない…


映画 『ドント・ブリーズ』 予告

映画の内容

 細かく書くので長くなります。簡単に言えば、空き巣の若者vs盲目の殺人マシーン、みたいな感じです(笑)

序盤:退役軍人宅への侵入まで

 空き巣を繰り返すロッキー、アレックス、マニーの3人組。彼らはセキュリティ企業経営者の息子であるアレックスの手を借りて空き巣を繰り返していた。
 そんなある日、彼らはイラク戦争の退役軍人が莫大な金を持っていることを知る。デトロイトで暮らす両親と決別し、ロサンゼルスへ引っ越そうと計画しているロッキーはアレックス、マニーとともに退役軍人の家に侵入し、金を奪う計画を立てる。退役軍人は資産家の娘が起こした交通事故で自らの娘を失い、その賠償金として多額の現金を手にしていたのだ。
 午前2時、3人組は薬で犬を眠らせてから、退役軍人の家に侵入する。軍人は用心のために扉に鍵をたくさん取り付け、窓に鉄格子をはめ、猛犬を飼うなどしていたが、イラク戦争で負傷した退役軍人は目が見えない、寝ている間に侵入し金を奪うぐらい楽勝だ、と3人は考えていた。

中盤:退役軍人が目を覚まし、追われることになる3人組

 退役軍人の寝室で睡眠ガスを発生させたマニーは、廊下の明かりをつけるなど、大胆な行動に出る。もともとあまり乗り気でなかったアレックスは盲目の元軍人から、彼が失った娘の賠償金として得た金を盗むことに嫌気がさし、先に帰ってしまう。一方、金が隠してありそうな頑丈な鍵のかかった扉を見つけたマニーはそれを開けるために持っていた銃で鍵を撃つ、とその時、寝室の扉が開き、そこには盲目の退役軍人が立っていた。薬で眠らせたはずの軍人が目を覚ましていることに驚いたが、相手の目が見えないこと、銃を持っていることに自信を持ったマニーだったが、相手は盲目ながら凄まじい力でマニーから銃を奪い、彼に突きつける。「何人組だ」と聞く退役軍人に、「一人だ、見逃してくれ」と頼むマニーだったが、退役軍人は彼を射殺する。彼は盲目であるため、同じ部屋のクローゼットの中に隠れはロッキーの存在には気づかなかった。その後、マニーの死体を運んだ退役軍人は家中の扉や窓を施錠し、金のありかであるクローゼットの中の金庫を確かめる。先に帰ろうとしたアレックスだったが、銃声を聞き家の中に戻る。廊下で軍人とすれ違うアレックスだったが相手は盲目であるため彼に気付かない。
 この時、退役軍人は、開いていた扉の下にアレックスとロッキーの靴が置いてあるのを見つけ、他に侵入者がいることを知ってしまった。窓や扉を施錠され、家の中に閉じ込められたロッキーとアレックスは、地下室の扉から外に出るため、地下へと向かう。
 倉庫のような地下室の一角に明かりがつくと、そこには若い女が囚われていた。女は、古びた新聞記事を見せる。それは、交通事故を起こした女が無罪になった、という記事。彼女は交通事故で軍人の娘の命を奪った資産家の娘だったのだ。警察に通報しようとするアレックスと、通報すれば手に入れた金を失うためそれに反対するロッキー。鍵束を見つけた二人は資産家の娘の手錠を外し、地下室の扉を開けるが、そこには退役軍人がマニーの拳銃を持って立っていた。彼は銃を撃ち、その弾は資産家の娘を殺す。地下室から逃げ、一階の玄関の鍵を開けることにした二人。一方、退役軍人は地下室の電源を落とす。アレックスとロッキーにとっては暗闇の地下室だが、家の構造を把握し、驚異的な聴力を持つ盲目の退役軍人にとって、地下室が暗闇であることは何の障害にもならない。少しでも物音を立てれば、退役軍人はその音の方向に正確に銃を撃つ。アレックスを地下室の棚ごしに掴み、銃を撃とうとする退役軍人だったが、銃は弾がなくなり撃てない。アレックスは首を絞められるが、棚が倒れ、そこから逃げ出す。
 どうにか地下室を出る二人だったが、一階の廊下には薬で眠らせたはずの犬がいた。犬に追われ、二階へ逃げる二人は子供部屋に入り、タンスで扉を塞ぐ。だが軍人はタンスで塞がれた扉に体当たりし、押し開けようとする。ロッキーは天井の通気口へと逃げるが、アレックスは退役軍人によって二階から投げ落とされる。アレックスは一階の天窓の上に落ち気を失う。退役軍人は寝室のベット下から自らの拳銃を手に取り、アレックスを撃つ。一階に落下したアレックスは退役軍人との格闘になり、軍人はアレックスをハサミで刺し殺す。

終盤:退役軍人が資産家の娘を監禁していた理由を話す場面から 

退役軍人は通気口から外へ出ようとしたロッキーを捕まえ、拘束する。目を覚ましたロッキーに対して、退役軍人は、父と娘の絆などわかる訳がない、他人の命を奪ったとしても金の力で無罪になれる人がいる不公平を語る。
 退役軍人は、失われた自らの娘の代わりに、資産家の娘に自らの子供を産ませようとしていた。しかし、資産家の娘は銃で撃たれて死んでしまっている。彼は、自らの子供をロッキーに産ませようとしていたのだ。レイプをする目的はない、と話す退役軍人は、冷凍保存しておいた精液をスポイトにとって、ロッキーの子宮に入れようとするが、そこにハサミで殺されたかに思われたアレックスがハンマーを持って、軍人を襲撃する。ハサミはマニーの死体に刺さっていたのだ。間一髪のところでアレックスに助けられたロッキーだが、アレックスは銃で撃たれて死亡、家の外に逃げ出したロッキーも再び退役軍人によって家に連れ戻されてしまう。アレックスが持っていた警報装置のリモコンで警察を呼び、大音量のサイレンで混乱した退役軍人を金属棒で殴り、その場を逃げ出すロッキー。
 後日、妹とともにカリフォルニアへ行く列車に乗るため駅にいるロッキーは、イラク戦争の退役軍人宅に強盗が入った、というニュースを聞く。強盗は二人組、退役軍人は病院に運ばれ無事と報道され、自分について触れられていない、と知ったロッキーは列車に乗る。

映画の感想

映画の作りについて

 音楽や効果音などない中、ひたすら息を殺して盲目の退役軍人をやり過ごす恐怖、かくれんぼで見つかるかもしれないドキドキ感みたいな感覚を期待していた私からすればその辺は期待ハズレだった。
 ホラー映画やスリラー映画の盛り上げ方、については詳しくないのだが、全体的に恐怖を煽る音響(?)が多用されていたり、主人公側も結構物音を立てながら動いていて、予告編で廊下をすれ違うシーンのような、迫り来る相手を必死にやり過ごす、というような「ステルスホラー」というか、何も動きのないことの恐怖、があまり感じられなかった。もちろん、見つからないように息を殺すシーンもあるし、そういったシーンでこれまでの音響がなくなることで沈黙が強調される、というのはあったけど、全体としてもう少し静かな感じを期待していた。一方が見つかりそうになった時に、もう一人がわざと音を出して注意を逸らすとか、声で意思疎通できない感じとか、目は見えないけれど異常に発達した聴力を持つ、いわば「世界の認識方法が違う相手」との対決、については物足りなかったかも。

盲目の退役軍人vs3人組

 これは良かった。軍人は盲目なのだけれど家の構造を頭に入れて少しの物音にも反応して銃を撃ち、明かりを消して自らに有利な状況を作り、さらに猛犬とのコンビで相手を追い詰めて行く。
 退役軍人役は映画アバターで悪役のボス、クオリッチ大佐を演じた人物で筋肉マッチョのかっこいいおっさん(本当にそうなんだぞ)だ。
 個人的に退役軍人側に肩入れして映画を見ていたのもあって、ロッキーに逃げられてしまうラストは予想していなかった。
 だって強盗に入ったのそっちじゃん? みたいな。
 最後まで金に執着するとか、警察に通報するけど自分は金を持ってその場から逃走するとか、主人公の行動と心理がイマイチ理解できなかったせいもあるけど、軽率な自分たちの行動を心底悔いながら絶望のうちに死ぬとか、捕らえられたままでいるようなエンディングが欲しかったなぁ。
 ホラー映画だから、最後はそんなバッドエンドが来て後味悪く終わるに違いないんだと思ってた。

総評など

 盲目だけど凄まじい聴覚を持ち、しかも高い戦闘能力を持った老人、という魅力溢れる設定が良い。退役軍人役のスティーブン・ラングもかっこいいし、悪役が正体不明の快楽殺人者や祟りや呪いでないところも面白い。
 ただ、その設定を活かしきれなかった感じがある。全編通して結構喋ってるし。一歩一歩近づいてくる相手に対して息を潜めてやり過ごすとか、仲間を助けるためにあえて音を出して退役軍人を引きつけるけど、そのせいで自分が危うくなるとか、そんなシーンが欲しかった。
 目は見えないけど高い聴力を持つ、逆に言えば、どれだけ近づかれても音さえ立てなければ大丈夫、という緊張感が欲しかった。
 

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【感想】人類遺産

映画

どんな映画?

 ロングランヒットとなった「いのちの食べ方」などのドキュメンタリー映画監督、ニコラウス・ゲイハルター氏の作品。人間の手によって作られ、利用され、そして放置されて朽ちてゆく廃墟に焦点を当てた作品。


登場人物=0人/映画『人類遺産』予告編

映画の内容

 人類が作り上げ、利用し、そして放置されて朽ちてゆく廃墟に焦点を当てた作品。
登場人物がいないばかりでなく、ナレーション、音楽もなく、様々な廃墟が少しづつ朽ちてゆくようすを美しい映像で見せる。
 ブルガリア共産党本部、軍艦島発電所の冷却塔、病院、軍艦、そして、福島の原発事故により立ち入り禁止となった町まで、世界中の70か所以上の廃墟が登場する。

映画の感想

 登場人物なし、ナレーション、音楽なし、加えて言うならば、うつされている場所の説明もカメラの移動もない。映画館の中で約90分の間、廃墟の映像が流れ、一瞬暗転し、また別の廃墟の映像が流れ、を繰り返す。
 映画館の中で聞こえるのは、風の音、水の音、廃墟や放置された物が動く音、虫や動物の立てる音だけ。(後、寝てる観客の寝息(笑))
 私は廃墟写真などを見るのが好きなので、それなりに名前もわかる廃墟や、かつて何だったのかわかるところもあったけれど、初めて見る場所も多かった。
 登場する廃墟は、ヨーロッパの廃城や古代の遺跡というより、ブルガリア共産党本部、軍艦島発電所の冷却塔や放置された兵器、かつて鉱山で賑わい、そして砂漠へと帰っていく街など、人間がその産業や思想のために作り、そして放置したようなものが多かった。また、廃墟にはつきもの?の落書き後などもうつされていない。廃墟となった後、人がいっさい手を触れることなく自然に朽ちてゆく廃墟を写したかったのだろうか。
 映像に関しては、カメラアングル固定、ズームアップやピントのボケを利用した効果も一切ない。人の視野に近いレンズを使っているのだと思う。(たぶん)
 ただ、画面に全く動きがないわけではない。風が吹いて窓や物が動いて音を立て、水が滴りおちる音が響いて、水面で反射した光が壁や天井に模様を描く。雪や砂が廃墟を覆い隠したり、動物がいたり、鳥や虫が飛ぶ。カメラを固定して長時間撮影し、そして動きのあるシーンを採用したのかな? と思いながら見ていた。また、水面の反射や光と影を計算して、アングルを決めて撮影されたのだろう画面は見ていて飽きない。
 日本語の題名は「人類遺産」、ポスターのコピーには「そうして、人類の時代は終わりました」とある。昔「人類が消えた世界」という人類消滅後のシュミュレーションをした本を読んだけれど、その世界を見たらこの映画のように見えるのだろうか。
 どんな目的で作られたか、なぜ放棄されたのか、誰のものなのか、なんという名前なのか、そう言ったこととは関係なく、人が作ったものが自然の一部になっていく。
 これら廃墟は自然や動物にとって、もう名前などない「人類遺産」、もしくはこれらを残した存在が「Homo Sapiens」(原題)なのかな、などと思った。

公式サイト(日本語版)

jinruiisan.espace-sarou.com

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【感想・レビュー】映画:虐殺器官

映画

人間は見たいものだけしか見えないようにできているんだ
私たちの世界には指一本触れさせない

どんな映画?

 ガンにより、若くして亡くなったSF作家、伊藤計劃のデビュー作「虐殺器官」をアニメ化した作品。サラエボが手製の核爆弾で消滅した後、先進国では生体認証など監視システムを導入し、テロ対策が進んでいた。
 一方、それ以外の世界は発狂すると決めたかのように、順調に発展するかと思われたた諸国が、内戦や虐殺へと転げ落ちていった…
 


「虐殺器官」予告映像

内容

 サラエボが手製の核爆弾で消滅した後、先進国は生体認証などの監視システムを導入し、テロの恐怖から自由を得ていた。一方、その他の世界では、順調に発展するかに見えた国が内戦やテロに見舞われ、虐殺も頻発していた。アメリカ情報軍情報検索群i分遣隊に所属する特殊部隊隊員クラヴィス・シェパード大尉の任務は、「あるアメリカ人を見つけること」。
 「ジョン・ポール」と呼ばれるそのアメリカ人は、発展途上国支援のために国の窮状などを訴えるPR担当として、情報宣伝にかかわっていた。しかし、彼が訪れた国はその後、内戦やテロへ転げ落ち、虐殺へと発展していく。
 ジョン・ポールがチェコ共和国の首都プラハを訪れた、という情報を得たクラヴィスチェコに駐在するビジネスマンを装い、チェコ語の個人教授として生計を立てるジョンポールのかつての愛人、ルツィア・シュクロウポヴァの元を訪れる。情報機関から「プラハで消えた人間のトレーサビリティ(追跡可能性)はゼロ」と言われる都市プラハでルツィアに連れられたクラヴィスが見たものは、生体認証ではなく、独自の地方通貨を使った支払いができるクラブの存在だった。クラブのオーナー、ルーシャスは「自由とは取引である」と考え、政府の情報管理から外れたクラブを運営していた。
 クラブからの帰り道、ルーシャスなど「計測されざる者たち」を名乗るジョンポールに協力する人々に捕らえられたクラヴィスはジョンポールと出会う。
 ジョンによれば、人間の脳には虐殺を肯定するモジュールがあり、それを動かす深層文法、いわば「虐殺の文法」が存在するという。それに対して、「思考は言葉によって基底されたりしない」と反論するクラヴィス。特殊部隊の突入でクラヴィスは救出されるが、ジョンポールとルツィアは姿をくらましてしまう。
 その後、インド・パキスタン国境にジョンポールが潜伏しているという情報をもとにジョンポールの逮捕に向かったi分遣隊のメンバー。戦闘適応感情調整、痛覚マスキングを受けた特殊部隊員たちは、子供兵を含む敵兵を次々と射殺しながら任務を遂行していく。逮捕されたジョンポールはクラヴィスに向かって、戦闘時に自らの行為を正当化し、任務を冷静に遂行するために感情を調節する戦場適応感情調整の持つ作用と、虐殺の文法が持つ作用はとても似ているものだ、と言う。その途端、i分遣隊は自分たちと同じような痛覚マスキングを受けた謎の部隊の追撃に巻き込まれる。
 ジョンポールは過去の戦死者、行方不明者のIDを持つ「計測されざる兵士」によって奪還されてしまったが、i分遣隊は彼とルツィアがウガンダに潜伏していることを知る…

感想(ネタバレあります)

(用語解説が必要な方は先にwikipediaを読むことをお勧めします、ただしネタバレあり こちら:虐殺器官 - Wikipedia
  虐殺器官は、夭逝の作家、伊藤計劃のデビュー作であり、ゼロ年代ベストSFの一つとして知られる名作であるが、人間が生まれつき持っている文法生成機能と、人間の行動に影響を及ぼす「虐殺の文法」、そして、兵士が戦闘時に冷静に戦えるようにする戦闘適応感情調整や痛覚マスキングとの関係、そして、テロと自らの住む世界の関わりなど現在の世界が持つ問題をたくさん含んでいるSF作品であるため、映像化は難しいのではないか? と言う疑問を持って見ていた。
 映画版「虐殺器官」のストーリーは、クラヴィスの見る「死者の国」の夢のくだり、また、彼が「殺した」母とのエピソードが大きく削られている。(そもそも母の存在に触れられていない)。ただし、それ以外の部分は割と忠実に映像化しており、映画の時間内という制約の中でうまく話をまとめていると感じた。
 ただ、伊藤計劃氏のブログに書かれている「主人公が実は大嘘をついていました」という裏読みを映画版で行うことはできない。
 「映像化」という部分でいうならば、クラヴィスたちがヒンドゥー・インディア共和国暫定陸軍との戦闘で、廊下から出てくる少年兵たちを次々と撃ち殺していくシーンは、オルタナ(ARみたいなやつ)で視界上に表示されたレティクルが移動し少年兵たちを次々と射殺していく、まるでFPSゲームのプレイ動画ように描かれる。少年兵を次々と射殺する、という場面を衝撃的に描くのではなく、あえてゲームのように描くことで、クラヴィスたち特殊部隊員たちが冷静に、何の迷いも、罪の意識もなく射殺していく様子を観客が追体験できるようになっていた。
 この作品は、表現方法の追求のため、また、制作会社の倒産などで公開が遅れ、ハーモニー、屍者の帝国に続く最後の公開作品となったが、結果的に公開時期である2017年の世界の現状にとてもマッチしていると思う。
 虐殺器官の世界では、9.11以降、そしてサラエボ核兵器で消滅した後、先進国は個人認証を徹底し、誰がどこに行き、何をしたか、まで徹底して監視する社会を構築し、テロの脅威から逃れている。指紋や虹彩、脳波まで感知するセンサーが各所に設置され「個人の自由」というものを徹底的に明け渡すことで「テロからの自由」を得ている。
 現在でも通信の傍受や、歩き方からテロリストを見つけ出す監視カメラ、など虐殺器官の世界の技術へと一歩一歩近づいているが、虐殺器官ではそれらの対策に対して疑問を投げかけている。

ほんとうの絶望から発したテロというのは、自爆なり、特攻なり、追跡可能性を度外視したものであるからだ

 この言葉は、現在ヨーロッパやアメリカで問題となっている「ホームグロウンテロリスト」の存在を予言したかのようなものだ。難民や移民を受け入れて、受け入れ先の社会との再統合に失敗した時、また、格差が広がっていき、貧困層が絶望した時、どんなテロ対策も無効にするテロが起きてしまう可能性が存在する。
 では、その時「真のテロ対策」として何ができるだろうか?
 自分たちの生活を少しばかり犠牲にしても世界の人々を救うか、それとも、テロの原因となる人々を徹底的に排斥した社会を構築するか。
 作品中では、ジョンポールが世界中で虐殺の文法を唄い、虐殺やテロ、内戦を起こすようになった理由としてサラエボのテロで妻子を失ったことが挙げられている。

彼らには彼らで殺しあってもらう、私たちの世界には指一本触れさせない

 世界は、世界中の平和を願うほどには発展していない、そして人は見ないものしか見ないのだから、世界を私たちが暮らす世界とそうでない世界の二つに分け、私たちが暮らさない方の世界にあり、私たちの自由が原因で苦しめられていることに気づきそうな国を混沌に落とすことでテロが私たちの世界を脅かすのを止める、というジョンポールの考えに、私たちはどれだけ反対できるだろうか?

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【感想・レビュー】カレ・ブラン

映画

どんな映画?

 管理社会、人肉食、「家畜」と「社畜」…
勝者は「社畜」となり、敗者は「家畜」となるディストピア世界を描いたフランス映画


映画『カレ・ブラン』予告編

あらすじ

 主人公フィリップの母は、人肉加工会社に勤めていたが、「心を隠しなさい」と言い残して、アパートから投身自殺してしまう。孤児の集まる学校で生活するようになったフィリップは、飼ってた犬の首輪を使って首吊りを図るが、同じ学校に通う少女マリーに救われる。その後、フィリップは会社員としての日常を送っていた。その仕事は採用試験として理不尽なゲームを行わせること。一方、フィリップを救った少女マリーはフィリップと結婚していたが、会社員として成功したフィリップを好きになれず、二人の関係は冷え切っていた。上司の誕生パーティーに参加した二人は、4人の男たちが彼らのスーツを汚した給仕を殺す様子を目撃する。その帰り道、二人はその男たちに襲われそうになるが、駐車場の警備員パトリスに救われる。後日、フィリップの元を訪れた男たちに対して、彼は「愛社精神を試すため」として殴り合いをさせる。夜、人肉食を食べるスーツ姿の男を車で轢き殺したマリーは、自らの身分証明書を投げ捨てる。この事件の後、二人組みの男がフィリップたちの部屋のドアを激しく叩く。事態を察したフィリップはマリーを問い詰めるが、マリーは、部屋から飛び降りてしまい、フィリップも後を追って、身を投げるのだが…

感想(ネタバレあります)

 ジョージ・オーウェルの小説「1984年」、ガン=カタで有名な映画「リベリオン」など、いわゆる「ディストピアもの」というジャンルの映画、文学は様々あるが、本作がそれらのディストピアもの、と違っているのは「自分たちを支配しているものが明確に描かれない点」にある。
 前述の「1984年」では、ビッグブラザー率いる「党」が、リベリオンでは感情や芸術を否定する「テトラグラマトン党」が、主人公たちの倒すべき敵、として明確に存在している。だけれども、本作に登場する組織は、学校、会社、家庭ぐらいであり、「自分たちを支配している何者か」の存在は見えない。というより、ほとんどの人物は支配されていることすら気づいていない。給仕が殺されて時も人々は悲鳴をあげたり、それを止めようとはしない、その後、その給仕が人肉加工工場へ送られることへも、また、自分たちが人肉食品を食べていることも。そんな「自分たちを支配している何者か」を見つける過程が、本作の物語、と言っていいだろう。
 通常の「ディストピアもの」では異常な社会に気づいた(気づいている)主人公たちがそれを打倒するために戦う姿が描かれる。本作はそうではない。謎のビープ音も、人肉食も、試験や暴力で人が死ぬことも、極めて「普通」な社会なのだ。その前提を理解しないと、作品を理解するのは難しいかも(私は最初見た時、そうだった)。つまり、二度見推奨。
 「誰に支配されているかもわからないけれど、あるゲームへの参加を強制され、敗者は勝者の食いものにされる世界」これはまさしく、自分たちの生活している資本主義社会そのものではないか?
 本作はそんなこの世界の不条理に「気づく」までの映画ではないだろうか。

このような悲惨な世界で、愛の物語を伝える以外に希望を示す手段はありません。主人公がこの世界を生き抜く方法は、妻を愛し続けることができるという能力なのです。夫婦は一緒にいようと決断する。これは小さな希望ではなく、とても大きな希望です。この映画の最も重要な部分で、私たちは彼らが触れ合う姿を目撃しなければいけないのです。
(監督のインタビューより)

 普通の「ディストピアもの」のように、武力で世界を変えることはできないだろう、では、作中の世界、または、それとつながる現実の世界を変えるには、何をすれば良いのだろうか? 監督は「愛の物語を伝えること」と言っているが、どうだろうか?

監督インタビュー

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【ネタバレ・感想】映画「プラトーン」

映画

どんな映画?

 延々と続くゲリラ戦、高温多湿な環境で消耗する部隊、部隊内部での争いや、民間人殺害、レイプなど、ベトナム戦争に参加した兵士は何を見たのか?
 実際に従軍したオリバー・ストーン監督が、脚本、監督し、ベトナム戦争の世界を描く。


プラトーン Platoon 1986

あらすじ

 ゲリラ戦が続くベトナムを「この目で見るため」に主人公クリス・テイラーは大学を中退、一兵卒としてベトナム戦争に参加する。しかし、ベトナムの湿度と温度、そして、いつ来るかもわからずまた、終わりも見えないベトコンの攻撃にさらされて部隊は消耗していた。部隊の内部では黒人兵と白人兵の間に微妙な空気が流れ、バーンズ曹長、エリアス軍曹など、歴戦の下士官兵の間では戦闘に出す兵士の割り振りなどでいさかいが起こり、さらに新任の中尉は「ベトナムで生きていけそうにない奴」と下士官の間でバカにされ、実質的に部隊を仕切るのはバーンズ曹長であった。
 そして、その部隊間の軋轢はベトコンに協力したのではないか、と疑われた村の扱いをめぐる争いで噴出することになる。
 ベトコンに無理やり協力させられ、武器や食料を隠すように言われた、というベトナム人村長に対して、ベトコンにより同じ部隊の兵士が首を切られ、殺されたことへの復讐を行おうとするバーンズは村人の銃殺を実行しようとし、それに反対するエリアスと対立し、最終的に殴り合いへと発展する。二人は中尉によって仲裁され、村は焼き払われることになるが、バーンズとエリアスの間の関係はさらに悪化する。
 ベトコンとの戦闘の最中に、相手の側面を攻撃するため移動したクリスとエリアス達、エリアスはさらに先へと進み、ベトコンへ攻撃を行う。その時、部隊は退却を決定、クリス達に退却を伝えたバーンズは、エリアスを探しにベトナムのジャングルの中に消える。ジャングルの中で出会う、バーンズとエリアス、バーンズはライフル構え、エリアスを射殺、クリスたちと合流したバーンズは「エリアスはベトコンに殺された」と伝える。
 そして、クリスたちはヘリコプターに乗って退却するが、地上で多数のベトコンに追われて逃げるエリアスを発見する。エリアスは両腕を高く上げ、天を仰ぎながら戦死、一方、クリスはバーンズがエリアスを撃ったのではないか、と疑いを持つ。クリスがバーンズへの疑いを深くする中、ベトコンとの大規模な夜間戦闘が起きる。

感想

 部隊内での仲間割れ、信頼されない新米将校、虐殺やレイプまで、プラトーンには、いわゆる「かっこいい米軍」は登場しない。しかも、登場人物のキャラクターは、オリバー・ストーン監督が実際に所属していた2つの中隊に実際にいた人物から創作したいるのだという。
 ベトナム戦争では、(映画「フルメタル・ジャケット」でも描かれていたように)訓練を終えた兵士は、バラバラに部隊へと配属される。帰国までの日数を指折りかぞえる古参兵は、戦闘に出て負傷や戦死したくない、かといって、新兵は戦闘慣れしておらず使えない、部隊内で出撃する兵士の割り当てでいさかいが起こり、さらにベトナム戦争時に大量に育成された将校は頼りにならず、実質的に部隊を仕切るのは歴戦のバーンズ曹長
 見えない敵に、雨、虫や蛇、高温多湿、そのようなベトナム戦争下での兵士たちの生活、戦闘がとてもリアルに描写されている。
 この映画の登場人物には「善人」と「悪役」の区別、というものはない。誰もが時には「善人」であり、時には「悪役」となりうる。
 黒人兵が喉を切られた後に、クリスたちの部隊は、ベトナムの村に入る場面。クリスはベトナム人青年に向けて「なぜ笑う? ほら、踊ってみろよ」などと叫びながら銃を乱射する。しかし、そんなクリスは一方で、レイプされそうになっていた女性を助け、「お前たちはケダモノだ」と、他の兵士を罵倒する。ついさっきまで、銃を乱射していた人物が、一方では、レイプされそうになっていた女性を助ける。村人の銃殺を提案するなど、冷酷さが目立つバーンズも、味方の死に憤り、また、味方からは「不死身だ」と頼りにされる「良き兵士」である。
 この村のシーンの後、バーンズはエリアスを銃で撃つ。ヘリで帰還する途中、ベトコンに追われて、必死に逃げるエリアスの走りかた、これが印象に残った。バーンズに撃たれ、さらに多数のベトコンに追われ、で、有名なジャケットの両手を上げて死ぬシーン、につながっていく。
 この後、基地に帰ったクリスは「バーンズがエリアスを撃ったのでは」と疑う。そこに、酒を浴びるように飲むバーンズ。どれだけ確執があったとしても、エリアスを殺したことは、ただ忘れてしまえるようなことではなかったのか。
 そして、最後の攻撃の後、クリスは銃を手に取り、戦闘で負傷したバーンズを射殺する。戦場で二回負傷したため、帰国することになるクリス。
「そして、すべてを葬り去る敵の大夜襲が小隊に、そしてクリスに迫る…。」これはwikipediaや他のストーリー紹介でも出てくる文句だけれど、クリスが戦場で見たこと、そして、行ったことは「すべてを葬り去る敵の大夜襲」で葬り去られることはなかった。この後の彼は、数日後には到着するであろうアメリカで、どのように生きるのか?
 全体的にまとまらず、脈絡もない感想だけれども、正義も悪もなく、「反戦」を全面に押し出すこともなく、ただベトナム戦争で起きたこと、を描いた映画の感想としては適切なのかな?

 

 

「反戦・脱原発リベラル」はなぜ敗北するのか (ちくま新書) 著:浅羽通明

書評:ノンフィクション・実用書

構成

 第二次安倍政権下で、集団的自衛権の行使を認める安保関連法案が成立し、東日本大震災以降、停止していた原子力発電が再稼働、また、原発輸出などの原発推進政策がとられるようになった。
 そして、これらの動きに対して反対する運動、例えば、大学生、若者を中心とした団体SEALDsの国会前反対デモが大きく盛り上がりを見せ、野党や知識人もこれに賛同、主催者発表で10万人以上を動員した政治運動となった。しかし、これらのデモや政治運動は、安倍政権の政策を止めたり、変更させたりすることはできなかった。
 なぜ、「リベラル」は敗北したのか? そして、これからどうすれば良いのか、について知ることができる一冊。
 プロローグ
     
第1章 リアル 実力は実力を伴う行動よってしか倒せない
  
第2章 バーチャル 政治的敗者はいつも文化へ逃げる
  
第3章 リベラルはビジネスを巻き込めるか
    エピローグ

内容と感想

 安保法案や、原発再稼働に対して、市民が様々な抗議行動を行った。その中でも有名なものが、大学生の団体SEALDsであり、それに続くように、「学者の会」や「主婦の会」のような様々な団体が生まれ、安保法案反対には、主催者発表で20万人という人数が集まったようだ。では、なぜこのような市民運動は安倍政権を止められなかったのだろう?
 著者は本書中でこれらのデモが「実力を伴わなかったから」だ、としている。「主催者発表で20万人も集まった、これだけの民意を無視していいのか。」という言葉があるようだけれども、日本中の有権者からすれば「たった20万人」でしかない。
 そして、著者は「安倍政権を『馬鹿だ』『民主主義を理解していない』というなら、その安倍政権に対して『民主主義ってこれだ』、『民意を反映しろ』という意味がない。政策を変えたいのなら、この運動を無視すると痛い目にあう(政権交代するとか、議席が減るとか)という実力を見せつけるしかない」と書く。
 著者によれば、歴史上で、「実力を伴ったデモ」によって、政策が変わったことがあるという。日本では大正時代の、日露戦争講和に反対した「日比谷焼き討ち事件」、最近では「アラブの春」と言われた革命がそれであるという。
 まあ、そうなんでしょうけど…
 これらの「実力を伴ったデモ」、デモと言うより暴動じゃないか、さらに、アラブの春に関して言えば、軍の寝返りもあった、内戦、クーデターではないか、と突っ込みを入れたくなってしまう。
 しかし、SEALDsなどのデモは、「誰でも気軽に参加出来る」また、「暴力は用いない」という姿勢を貫いた。しかし、結局はそれが「公務執行妨害で少し逮捕すれば蹴散らされるようなデモ」つまり、「実力を伴わないデモ」になってしまった理由ではないか、としている。
 「気軽に参加出来るデモ」だからこそ、20万人を集めることができたわけだけれど、「気軽に参加出来る」からこそ、実力を伴わないものに終始してしまった、のだと。
 そして、著者は本書中で「自衛隊に戦死者が出る」という抗議に「実力」をつける過激な方法を提案しているけれど、それは読んでのお楽しみ。
 では、暴動や内戦は行き過ぎとして、この時代にふさわしい「実力」とは何か、というと、それはやはり「選挙での投票」になる。
かつて、岸信之政権時の安保法案反対デモは、労働組合が中心となり、組織票を投じることが実力となっていた。沖縄のヘリパッド建設抗議デモは、「日当が出る」という批判がされることがある(日当が出る、はデマらしいけど)でも、この当時のデモは、労働組合から日当が出るのは当たり前、そして、組織化され、組織票を投じ、リーダーの指示に従って、ストライキを行うなど、自分の一部を犠牲にした抗議行動だっかからこそ、政権を変えるだけの実力があったのだという。
 組織化され、自分の一部を犠牲にしたからこそ、政権を変える力となった、しかし、現在の「個人の意見や自由」を大切にするリベラルはそのような抗議活動を行えず、実力の伴ったデモを行えない、リベラル派のジレンマが存在する。
 本書ではこのような調子で、リベラル派がなぜ勝てないのか、についての分析と批判が続いていく。「SEALDsは偏差値が〜」「正直言って、かっこ悪い〜」「民主党共産党が与党になるのは〜」と言った、感情的な批判ではなく、冷静に「なぜ勝てなかったのか」を分析している、だからこそ、強烈だし、容赦ない。
 「個人の意見を表明できるようになった、選挙で頑張ろう」と達成感に浸っている(これもリベラルの欠点である、と書いてあるけど)リベラル派にこそ読んで欲しい。
 この後の「負けても勝ちだと認識するリベラル派」について分析しているけれど、そこよりもおもしろかったのは最後の方。
 私はこれに「距離の問題」と名前をつけてみたいと思う。原発反対、戦争ができる国反対、軍国主義反対、と意見を述べても、それがどのぐらい「近い」のか? 戦争ができる国、軍国主義反対と言われても、すぐに戦争に自衛隊が参加するわけでもないし、現代の戦争は、配給制、学徒動員の「第二次世界大戦型の総力戦」にはなりそうにない。「アフリカのどっか」でしかない南スーダン自衛隊員が死傷しても、自分たちの生活に影響なさそうだし(知り合いに南スーダン行ってる人いないし)、自分たちの生活との「距離」はとても遠い。原発事故もそうで、福島や福井など、原発のある場所に住んでいる人からすれば大きい問題だろうけど、(有権者が多い)関東や、その他の地域の人からすれば、「アンダーコントロール」だし、「大事故に至らずに済んだ」と言う認識でしかない。
 それよりも、物価が上がったのに賃金が上がらない、年金もらえなさそう、解雇されるかも、と言った方がよっぽど「近い」問題だ。
 原発事故も政府が発表した「最悪のシナリオ」レベルになれば「近い問題」になるでしょ?
 今の共産党民進党は、「憲法改正阻止」や「戦争反対」「原発再稼働反対」などを争点にしようとしているようだけれど、そんなに「遠い」問題ばかり争点にしていても何も変わらないと思う。
例えば、アベノミクスを批判するとか、労働条件を大幅によくするような改革を公約するとか、そっちの方がいいと思うんだけど…

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プラハの墓地 著:ウンベルト・エーコ 訳:橋本勝雄 (海外文学セレクション)

書評:フィクション

構成

 イタリア統一、パリコミューン、ドレフュス事件、そして、ナチスによるホロコーストの根拠とされた史上最悪の偽書、「シオン賢者の議定書」これら、ヨーロッパの歴史を動かした事件の裏に、一人の文書偽造家がいたとしたら…
 「バラの名前」で知られる作家、ウンベルト・エーコによる小説。

内容

 物語は、古物商を営む老人が過去を回想した日記を書いており、それを読む、という流れで始まる。この古物商の老人、シモーネ・シモニーニこそ、文書偽造の達人、そしてヨーロッパを揺るがした様々な事件に関わった人物である。祖父の影響でユダヤ人を嫌悪するようになった彼は、祖父の死をきっかけに知り合った公証人レウバデンコの元で働くことになる。レウバデンコは公証人の仕事の傍ら、「新しい写しを作る作業」こと、文書偽造を行っていた。そんな彼の代わりに文書偽造を請け負うようになったシモニーニは、イタリア革命を目指す秘密結社「炭焼き党」(カルボナリ - Wikipedia)のかかわる陰謀に関わったことをきっかけに、各国の秘密情報部と関わりを持つようになり、歴史を動かす事件に関わってくことになる…

感想

この簡単なあらすじでもわかる通り、主人公シモニーニは、様々な人物と関わり、ヨーロッパの歴史を動かした事件に参加する。登場人物が次々と多人数登場し、その上に、「秘密結社に属してるけど、情報部の協力者」みたいな人物まで登場する。登場人物一覧を作るか、誰かわからない人が出てきたら、ネットで調べるようにするといいかも。(なんたって、主人公以外は、ほとんど実在の人物だ)
 そして、作中にはダッラ・ピッコラ神父、と言う謎の人物が登場する。シモニーニの家と通路で繋がった部屋に住むこの神父は何者なのか。そんな人物は実在するのか、それともシモニーニが寝ている時に動き出す二重人格のような人物なのか? シモニーニはそれを確かめるべく、自分の過去について思い出しながら日記を書いていく、そんなもう一つの話が同時並行するため、最初の方は何が起こっているのか混乱するかもしれない。でも、中盤から終盤にかけて、シモニーニが情報部に協力しながら様々な秘密結社の陰謀にかかわるあたりはテンポよく、面白い。本の宣伝帯に、「ハイレベルはフーダニット小説」という文句が付いているが、的を射ている。ヨーロッパの歴史を影で動かした人物はだれなのか? というミステリー的にも読めるし、次々と陰謀を画策し、偽文書を作って、秘密結社や人を陥れ、時には自ら手を下したりもする、「ハイレベル悪の教典」と言ってもいい。
 そして、本書中に度々登場する「それらしき偽文書を作るコツ」、これはアメリカ大統領選挙でも騒がれた「偽ニュース騒動」にも通じるものがある。
 ・それなりに事実を混ぜる
 ・相手が欲している情報を混ぜる(例えば、キリスト教関係者に向けて作るなら、キリスト教を冒涜するような陰謀を画策している、というような感じ)
 どう? ほとんどの人は、「みたい事実、読みたい事実」しか見ないし、それが「予想通り」、「読めて、見えて」しまったらそれで満足して、それ以上調べようともしないでしょ? 
 「もう一つの事実」(Alternative fact)って言葉が話題になっているけれど、それらの偽文書、そして本書も「歴史のもう一つの見方」だったりするのである。