社会派推理小説作家の異色作 核戦争小説を読もう第1回 松本清張「神と野獣の日」

 世紀末(ヒャッハー)や人類滅亡、ポストアポカリプスと絡めて語られる「核戦争」を扱った小説を読みます。様々な視点、方法で描かれているため、短編小説まではカバーしきれず、「核戦争の危機!」までは扱わないつもり。
(核戦争が起きて、かつ、それがメインとなっている小説だけね。)

第1回目の今回は松本清張「神と野獣の日」
総評
好み度★★★☆☆
不条理度★★★★★

どんな本?

 社会派推理小説で有名な小説家、松本清張氏が核戦争について描くSF作品。太平洋自由条約機構に属するZ国から10メガトンの水爆を搭載したミサイルが5発、東京に向けて誤射されたという連絡が入る。

全てのミサイルを迎撃できる可能性は少なく、東京の壊滅は避けられなくなった。核ミサイル命中まで43分、突然の死に直面した人は残りわずかな時間何をして過ごすのか…

感想(ネタバレもありますのでご注意を)

 自衛隊は防衛軍となり、太平洋自由条約機構という軍事同盟が存在するなど、微妙に状況は異なるが基本的に現代の日本を舞台にしていると言って良い。

 そして本作は全面核戦争ではなく偶発的な危機を扱った作品である。だからこそ、関東圏に住む人だけが殺されることになり、その不条理感が際立っている。

 一応の主人公的な人物としてG工業に勤務する戸上佐知子は登場するものの、政府やメディア、逃げる人々の行動を記録するような視点で描いている。

 暴行や暴動が起こり、大混乱に陥る東京の描写と、大阪に脱出した首相に「予想以上に平静を保って、整然と脱出しております」という報告の差がまたひどい。

 最後、着弾したミサイルが不発となり、死の狂気に駆られた人々が自らの行いをふと振り返ったその時に… というオチは強烈で、もはや喜劇である。

 この本は、筒井康隆の「霊長類南へ」の作中で紹介されていて知りました。どちらも、逃げる人を神の視点で描く場面がありますが、どちらかといえば淡々と描写が続く本作と、とにかく人が死ぬ密度と細かい描写が多く、死の描写をオーバーに数を増やしまくることによるブラックな笑いを特徴にする「霊長類南へ」の対比は、各作者の伝え方やテーマの差を垣間見れておもしろい。

 

 

【映画・感想】オカダ100%「ザ・ファブル」

どんな映画

 都市伝説、敵を6秒以内に殺す… などの逸話で知られ「ファブル」と呼ばれる最強の殺し屋が、「1年間、誰も殺さずに普通に暮らせ」という命令を受け「サトウアキラ」という偽名を使い、相棒のヨウコとともに大阪へ。ファブルは「プロとして普通に暮らそう」とするが…

感想は? (ネタバレあり)

料亭で明らかにヤクザの会合と思われる食事会が開かれているところに岡田准一演じるファブルが到着し、次々と護衛、ヤクザのボスを殺害するところから映画がスタートする。

敵を壊滅させたのち、「ボス」(佐藤浩市)から「1年間、誰も殺さずに普通に暮らせ」という命令を受けたファブルは、相棒のヨウコと兄妹という設定で大阪に引っ越し、普通の暮らしを送ろうとしますが…

感想

ファブルが壁を登るシーンがカッコ良かったです。アクションシーン自体は、ジョン・ウィックのような「最新の実戦的な戦闘技術」というよりもスローを使ったり、細かくカメラが動く感じのアクションシーン。

ファブルが敵の武装や距離を把握する描写や「プロの普通」を徹底すべくチンピラにわざとやられるシーンも面白かった。

全体的な作りはシリアスなアクション物というよりもコミカルな感じでした。

あと、ファブルは寝る時に全裸なのですが、自身の脚や車のミラーでうまいこと「オカダ100%」になってます。ここも必見。

どうして「誰も殺さずに1年間過ごす」の?

最強の暗殺者がなぜ「誰も殺さずに普通に暮らす」という命令を受けるのでしょう?

海外に逃亡しろ、とか、潜伏しろではなく「普通に暮らす」さらに「誰も殺さずに」

これが本作最大の謎であるように思ったわけです。

ただし、本作、終盤まで見終わってもなぜ「「1年間、誰も殺さずに普通に暮らす」必要があるのか、いまいちわかりません。

冒頭では「殺しをやりすぎた」・「普通に暮らすことが暗殺の修行」的な理由が語られます。

終盤、ボスが絵の才能があったが言葉が喋れず、言葉を教えると絵の才能が消えていったサヴァン症候群の少女のたとえ話をします。そして、ファブルが一年間普通に暮らした後も殺しの才能が衰えないならば、ボス自らがファブルを殺すつもりであったと、その心中を明かしますが…

特にボスがファブルを暗殺者として育てたことが回想シーンなどで明かされるために「自分で育てといてなぜ殺す?」となってしまいました。

「誰も殺さずに普通に暮らす」理由こそ、作中最大の謎であったように感じたので、見終わった後も「?」が浮かんでしまいました。

まあ、原作コミック自体が現在完結していないようで、ボスがファブルを育てた理由などが不明なようです。映画オリジナルの結末を出してもよかったかも?

 

 

 

 

中途半端に小さいやつは怖いよね「滅びの笛」著:西村寿行

どんな本?

 ハードロマンと呼ばれる作風で知られる西村寿行氏の動物パニック小説。動物が群れをなして東へと移動するという現象が起こる中、山梨県山中でドブネズミが大発生する。家畜や動物を襲うドブネズミの大群はついに街を襲う…

内容と感想

 動物パニックにはジョーズみたいに強い敵が一匹だけ出るタイプ(怪獣もその類ね)と小さな動物が大発生するタイプの2種類があります。

 でかい! 強い! 死なない! という巨大生物や強力な動物との戦いは面白いですが、一方で小さい動物大量発生系もばかにはできません。

生存者ゼロ」ではアリが大量発生しましたが今回はネズミ。

 倒しても倒してもやってくる上に、銃やミサイル、戦車のような近代兵器で倒しきれないあたりが厄介です。

 文章は難しくなく、どんどん読めるのでパニック小説向き。一方でネズミの被害描写や自暴自棄になった人間が起こす暴動の描写、エロ場面が多めなので読む人を選ぶかも。

 一方で人間が自然のバランスを破壊したからネズミの大発生が起きたのだ、という自然破壊や自然をコントロールできるという考えに警鐘を鳴らす小説でもあります。

 特に西村氏がこの作品を書く前に狩猟禁止論者になったことから、小説中、ハンターがネズミを捕食する天敵を狩り尽くしてしまった存在として槍玉に挙げられています。

実際、そのへんのところどうなんでしょう? もちろん過度な自然破壊や狩猟は問題ですが、ある程度は人間が手を入れて維持することで自然のバランスが保たれている側面もあるのでは? と思ったりしてしまいました。

 ま、純粋にパニック描写を楽しむ娯楽作ですので、ぜひ読んでみてください。

一気読み推奨の大作SF 「天冥の標」シリーズ

どんな本?

小川一水氏によるSFシリーズ。2009年の「天冥の標I メニーメニーシープ」から、2019年の「天冥の標X 青葉よ、豊かなれ」まで、10巻17冊の大作SFシリーズです。

内容と感想は?

10巻17冊という大作ながら、時代もほぼ現代から宇宙軍が飛び回る時代まで幅広く、病原体の恐怖や宇宙軍vs海賊のスペースバトル、水着回(笑)と様々な味を楽しめます。そして、5巻で一気に話のスケールが大きくなり「10巻までで完結するの? どうやって完結するの?」と先が気になること間違いなしでしょう。ネタバレしないためにも中盤ぐらいまでのあらすじを簡単に書くぐらいにします。また、富安健一郎氏の表紙イラストも見どころです。

天冥の標I メニーメニーシープ 上・下
あらすじ

 時は拡張時代(バルサムエイジ)、人類は宇宙船を使って様々な星に植民を行っていた… しかし、植民地メニーメニーシープは宇宙船シェパード号の墜落により人類のネットワークから脱落、植民地は臨時総督の配電制限に苦しんでいた…

感想

 宇宙開発時代にそこから取り残された星が舞台になります。「失われた高度な文明」好きにはたまらない設定でしょう。 次々と繰り出される設定と終盤の大きな謎… 次巻がどうなるのか気になること間違いなしのスタートです。

天冥の標II 救世群
あらすじ

 時代は現代。パラオ島で謎の疫病が発生。医師の児玉圭吾と矢来華奈子は致死率95%、症状が回復した後も感染力を持ち続ける病気「冥王斑」との戦いを繰り広げる…

感想

 1巻目は宇宙時代に対して第二巻はほぼ現代。致死率95%さらに症状回復後も感染力を持ち続け、患者はこれまでの全てを失って隔離されるという「冥王斑」の恐ろしさが際立ちます。1巻に登場した「救世群」誕生の秘密が明かされます。

天冥の標III アウレーリア一統
あらすじ

 時代は2300年、人類は小惑星帯に大規模植民を行っていた。そんな時代、木星で大赤斑を作り出し、2249年の地球保護戦争時に行方不明となっていた異星人の遺跡「ドロテア・ワット」を探して、救世群・伝説の宇宙海賊・宇宙軍が三つ巴の競争を繰り広げる。

感想

 再び舞台は未来へ。2巻で登場した人物や組織の子孫が登場します。生身で宇宙に出られるように人体を改造し、正装キルトスカートを履いて、宇宙空間での白兵戦を得意とする英国面ノイジーラントの一派「アウレーリア一統」が活躍します。どう見ても紅茶のキマッた宇宙空間での白兵戦が面白いスペースオペラ作品。

天冥の標IV 機械仕掛けの子息たち
感想

 水着回。エロい。

天冥の標V 羊と猿と百菊の銀河
あらすじ

 2349年の小惑星パラスで宇宙農場を営むタック・ヴァンディ。経営不振や機材の不調、反抗期の娘に苦悩する。一方、6億年前のとある星では「ノルルスカイン」が自我に目覚めた。

感想

 宇宙農家の苦悩とノルルスカインのエピソードが交互に語られる。太陽系内でも問題だらけの人類だが実は、人類文明誕生の遥か前から銀河規模の大問題が進行していたことが明かされる。本作のいわば「ラスボス」が明かされるがどうなる人類?

天冥の標VI 宿怨 Part1~part3
あらすじ

 太陽系外からやってきた人類を超えた科学力を持つ異星人「カルミアン」が救世群と出会う。カルミアンと救世群、双方の目的が(少しずれつつ)歪んだ形で一致した結果、太陽系人類は救世群との全面対決へ動いてゆく。

感想

 前作でどう考えても10巻以内で倒せそうにない「ラスボス」的なやつが登場し、「どう決着をつける?」と思っていたところに Part3が来ました。

 10巻であって10冊という意味ではない! (←これ大事)

 Part3ではついに人類の存続や太陽系の支配をかけた全面戦争と救世群の恐ろしい計画が明らかに。崩壊してゆく人類文明の描写は必見です。

天冥の標VII 新世界ハーブC
あらすじ

 前作のラストで、太陽系が崩壊した後、シェパード号で救世群から逃れたアイネイアは恒星船ジニ号でミゲラと再開する。二人はセレス・シティの地下深く、子供達が避難した地下要塞ブラックチェンバーでスカウトのメンバーと再会。MHDのロボットを使う権限を与えられたアイネイアはスカウトのメンバーと協力して必死の生存を図る。

感想

 前作のラストがとてつもないことになっていましたが、今作はブラックチェンバーを拡張し、のちの(500年後の)メニー・メニー・シープ誕生の話が描かれると同時に、主人公を含むスカウトメンバーで子供たちを教育、施設を維持し様々な問題に対処するという15少年漂流記的な楽しみ方もできる作品になっております。と同時に、500年という長い時間の謎、重力の違いの謎など新たな謎も登場します。

 さて、第一巻に話が繋がったところで、異形の救世群とメニーメニーシープ人の関係はどうなるのか、ラスボス「オムニフロラ」とはどう決着をつけるのか?

一気読みすることで伏線や、前回登場した組織や人物のその後がわかりやすく、「前作のアレがこうなってるわけね」とより楽しめるようになると思います。

 

ミッドナイト・ミートトレイン 真夜中の人肉列車 著:クライヴ・バーカー

 どんな本?

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 表紙と題名のインパクトが強烈なこの本は、クライヴ・バーカーによるホラー短編集「血の本」シリーズの1冊です。表題作「ミッドナイト・ミートトレイン」を含む5作品が収録されています。

内容と感想は?

 感想は、ものすごく怖いホラーや読んでられないほどのグロ・スプラッターというよりも、不条理感・意味不明感のある作品が多い、というものでした。

スプラッターやグロ描写が苦手な人でも読めます。

5作品のうち、特に面白かったのは2作目の「下級悪魔とジャック」そして、5作目の「丘に、町が」の2つ。

下級悪魔(地獄大学卒)vs 鈍感男:下級悪魔のジャック

 魔王庁の命令で、ジャック・ポロという男につきまとうように命令された下級悪魔。ジャックはキュウリの輸入販売をする平凡な男、そんな彼に付きまとう命令に疑問を抱きながら、下級悪魔は彼を発狂させる、または廃人同様にするために様々な工作を行います。

鍵を開けられないように妨害したり、ランプを揺らしたり、彼につきまとってシャワーで卑猥な言葉を浴びせたり…

「これが一番効き目がある、と悪魔たちは地獄大学で教わったのだ」とのことですが…

ショボい… そして、地獄大学って…

怖い、というより完全に笑えます。

しかし、ジャックは、何があっても(妻が浮気をしたときも)ケセラセラと一切動じない「超鈍感男」なのです。

そんな彼を狂わせようと頑張る下級悪魔、とここまではコントと言っても良いですが、実はジャックが超鈍感を貫くのは「ある理由」があって…

と続いていきます。

怖いか? というと怖くないですが、とても面白い短編です。

壮大に意味がわからない:丘に、町が

旅行中のゲイカップルが、男も女も、ありとあらゆる人が死んでいる、という大惨事に遭遇します。

お揃いの服を着て、互いにロープやベルトで体をつなげた大勢の人間たち。

カップルは知るよしもありませんでしたが、近くの二つの町、ポポラックとポジュエヴォの住人がその体を使って巨人を作り、対決していたのです。

???

まあ、そうゆうことです。とにかく壮大ですが、さっぱり意味がわかりません。

子供が巨人の歯となり、大男が巨人の足となり、疲労や重さに耐えきれず次々とその構成要素(住人)が死にながらも動き続ける巨人。

この意味のわからなさと巨人のインパクトが強烈な短編です。

ビルの屋上や廃墟、下水道を探検したい貴方のために | Access All Areas

今回は新カテゴリー「洋書」です。

Access All Areas ってどんな本?

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正式タイトルは Access All Areas a user's guide to the art of urban explotation、日本語に訳すと「全面通行許可 都市探検の技術についてのユーザーズガイド」でしょうか?

「立ち入り禁止」を行く、という本の中で時々登場したので気になって購入しました。

著者はNinjalicious 氏。これは彼のペンネームで、Ninja + licious。
まあつまり、ニンジャ依存症、探検とかやめられないぜ、的な意味なのでしょう。

だいたい200ページぐらい。都市探検や建築関連の用語が出てきますが、あまり難しくない本です。現在、日本語訳はされていません。

内容と感想

「都市探検」とはなんぞや?

 「廃墟好き」が一定数いることは知られていますが、「都市探検」という言葉を聞き慣れている人はいないでしょう。

 都市探検とは、工場見学のように都市のあまり知られていない部分を知ることですが、さらに、廃墟探索、roof topping(ビルや橋の屋上、頂上に登る)やparty crashing(招待されていないパーティーに潜り込む)などかなり危険な行為まで幅広い「人工物を探検すること」を指すようです。

Access All Areas の内容

Access All Areasは、都市探検のうち、さらに infiltration(侵入)を行う、つまり、ある場所に、破壊や偽の身分証を作るなどの違法行為を伴わずに入る、ためのガイドブックです。

例えば、abandoned sites(廃墟)やactive site(現役の建物)、排水管や共同溝など様々な場所へ入るにあたっての注意点が書かれています。

曰く、排水管探索の前には天気予報に注意しろ、雨水管は比較的安全だが、汚水管はそうではないなど…(ちなみに日本は汚水と雨水を同じ「下水」として処理しているようで侵入の際はお気をつけて)

ただし、泥棒の役に立つようなことは書いてありません。

もちろん、本書に紹介されている行為のうちいくつかは、日本では「違法」とされることもありますし、外国と日本では様々な事情の違いがあり、一概に「役に立つ」とは言えません。

 自分たちが暮らしている街でも、少し目線を変えれば気づかなかったこと、知らない場所がたくさんある。探検できる世界、は地球の果てではなく、案外、足元や見上げた上にあるのかもしれません。

 

【感想・ネタバレ】移動都市/モータルエンジン

-暗い荒れ模様の春の午後。ロンドンは小さな岩塩採掘都市を追いかけて、旧北海の日上がった海底を疾走していた。-

 

どんな映画?

www.youtube.com

60分戦争で世界が荒廃したの後の地球、キャタピラや車輪の上に乗った都市が他の都市を喰う「都市ダーウィニズムの時代」、巨大移動都市ロンドンに一人の暗殺者が忍び込む…

 フィリップリーブ原作のSFファンタジー小説「移動都市」を実写映画化。ロードオブザリングなどで有名なピータージャクソンが脚本・製作、とのことです。ロードオブザリングやファンタジー系作品で名前をよく聞くピータージャクソン製作、とのことで大規模公開されるのかと思いきや、意外と公開館数が少なくてびっくり。

登場人物は?

トム・ナッツワッシー:ナッツワッシー君はロンドン史学ギルドの下級見習い。飛行船を操縦できます。演じるのはロバート・シーハン。(私と同じ左利きです。)原作では美少女とアウトランドを冒険する妄想をします。親近感が持てますね!

ヘスター・ショウ:顔に傷のある少女。シュライクに育てられ、ヴァレンタイン暗殺を目的にロンドンに忍び込みます。演じるヘラ・ヒルマーは日本公開作がなくあまり情報がありません。

アナ・ファン:赤い飛行船ジェニ・ハニヴァーを操ります。サングラスや服装がマトリックスみたい。

シュライク:60分戦争後の戦乱期に死体から復活した兵士「ストーカー」の最後の生き残り。ターミネーター的なやつです。ヘスターの育て親でありながら、彼女を殺すために追いかけてきます。演じるのは映画「アバター」の大佐役で有名になったスティーブンラング

ヴァレンタイン:元スカヴェンジャーで現在はロンドン史学ギルド長に出世します。

キャサリン:ヴァレンタインの娘。ロンドンの上流階級の美少女です。可愛い。可愛いだけでなく行動力もあります。

ヴェビス・ポッド:下層階級のエンジニア。ダストシュートに落ちるところに遭遇したことからキャサリンに接近することに…

ストーリー解説

都市は動く! いいね?

https://www.syfy.com/sites/syfy/files/styles/1200x680/public/2018/12/mortalenginescities.jpg

Universalの地球が60分戦争仕様になっています。と同時に60分戦争で地球は荒廃、古代人が移動する都市を作ると語られます。
ハリーポッターが魔法を使えるように、都市は動く! いいね?
都市が動く意味なくね? とかは言わないことです。原作でも戦争後は地震や火山、津波などが多発して都市ごと移動する意味がそれなりにあったけど、もう動く意味なんてない、とあっさり言われています。
ロンドン襲来とともにバラけて逃げようとする都市たち。ここ、屋台まで折りたたみ式になって収納されるのが笑えます。んで、結局、ヘスターの乗る都市はロンドンに捕まるわけです。

大英博物館の下級見習いトムは美人を案内してウッキウキになっています。ここで、60分戦争で使われた超兵器「メデューサ」について紹介されます。ロンドンが都市を捕食したため、それを解体する「ガット」に行くよう命令されるトム。そこで彼は憧れのヴァレンタインに遭遇。彼の暗殺を試みるヘスターを捕まえようとします。その時、ヘスターのヴェールがずれて、顔の傷があらわに… 彼女はダストシュートに落下、一方のトムは追いついたヴァレンタインに突き落とされてしまいます。

ネタバレと批評

設定や映像は良し。ただ、原作の魅力が少なくなりすぎている。

移動する都市、という英国面とんでも設定が魅力的です。様々な形の移動する都市のビジュアルやロンドンの細部、キャタピラ跡の残るアウトランド、飛行船や「盾の壁」要塞の映像はとても良いですね。ただし、原作からの改変要素がちょっと問題です。

問題点1:善・悪をはっきり分けてのストーリー整理

 原作はロンドンが「悪」で反移動都市側が「善」という対立にはなっていません。ロンドンですら、さらに巨大な移動都市パンツァー・シュタット・バイロイトの前では食われる存在です。燃料切れで停止した巨大都市が他の弱小都市群に襲われるなど、移動する都市も「動かないと死ぬ」的状況にあることがわかります。
 登場人物に関しても、ヘスターは冷酷で自己中心的な暗殺者かつ頭の回転が早い少女、ヴァレンタインは超兵器をロンドンに持ち込んだ一方、娘思いで、彼女の言葉をから自分の行いを後悔していたりします。トムも憧れのヴァレンタイン像とヘスターの語る冷酷なヴァレンタイン像の間で揺れ動き、反移動都市を守るため、とは言え、故郷であるロンドン爆撃作戦には強烈に反対しています。(第一彼は反移動都市同盟に対して野蛮な考え、という意見を持っています。)原作はロンドンと超兵器メデューサを中心とした群像劇的で、映画にまとめるにはストーリーの整理が必要ですが、その時に原作の人間が持つ2面性、をも整理してしまったのはとても残念です。

問題点2:へスターが普通に可愛い

https://assets.change.org/photos/6/mf/ov/yAmFovehubtTEul-800x450-noPad.jpg?1513790556

 これ、映画の予告編公開時点で色々と話題になっていました。画像はインターネットのキャンペーンサイトからです。原作版ではかなりひどい傷である描写がなされています。ヘスターのスカーフが外れて、初めて顔全体が見える場面。「ああ、なんとひどい傷!」と観客に感じさせないといけない場面なのに、そうなってません。中盤、奴隷市場で売られそうになる場面がありますが、ヘスターの前に老婆が売られ、続いてへスター。「見た目は悪いのでお安く…」みたいに紹介されますが、さっきの老婆に比べれば全然美人だよ!

問題点3:アクションシーンを増やしたために流れに問題ができた

https://static3.srcdn.com/wordpress/wp-content/uploads/2018/12/Hester-and-Tom-in-Mortal-Engines.jpg

 まず、最初のガット内部の追いかけシーン。なんでトムがドリルやチェーンソーの間をくぐり抜けて、命がけでヘスターを追いかけるのか、がわかりません。
 原作でもガット内を逃げていますが、あくまでも通路の上を逃げています。だからこそ、トムの冒険ができる(多分、ヴァレンタインの娘にモテるきっかけになる)! 美少女暗殺者を追いかけてる! という本当にしょうもないきっかけの追跡劇が成立するわけです。

 続いて、先ほども紹介した奴隷市場のシーン。映画ではヘスターを高額で買い取ろうとするアナファン、懸賞金目当ての奴隷商人とアナのアクションがあって、その後二人が逃げるという流れです。孤児だから助けた、とのことですが、なんでヘスターに目をつけたの? ってなりません?
 原作では奴隷市場で売られる、とわかった二人が都市の壁を蹴破って逃げ出し、逃げる途中でアナに出会う、という流れです。こっちの方が自然だし、この場面はヘスターちゃんの貴重なデレシーンなんです。(大声)

 全体のアクションシーンは増えていますが、そのせいで流れに無理がある、というかなんというか…

問題点4:メデューサ描写と結末

 まず、超兵器メデューサの威力が超兵器に見えません、60分戦争時にメデューサが都市を一撃で破壊する映像を冒頭で見せられるので尚更です。あと、原作では「なんかすごい古代兵器を復活したらしい」ぐらいの情報なんですが、映画ではメデューサについて詳しいトムがいます。空中艦隊はもっと分散しろ!
 
原作の通り、パンツァー・シュタット・バイロイトを出して、ロンドンが生き延びるための必死の逆転兵器としての側面があることを示しながら一撃で全てを破壊する超兵器描写をすればいいのです。
 続いて結末のところ。完璧に「ファントム・メナス」です。エンジンみたいに大事なものを格納庫におくな! 実はこのエンジン描写は原作準拠ですが、原作は違う方法でロンドンが停止するので原作ではあまり気になりません。
 ロンドン停止後の反移動都市側がとる行動も「そうなるか?」感が多いです。
敵とは言え、人を殺してしまった。という罪悪感や故郷を破壊しなければならない苦悩などトムの共感できる部分が大きく減っています。

そのほかにも、元が群像劇的であったところを微妙に入れるせいで、シュライクとヘスターの複雑な関係やキャサリンとヴェビスの活躍などが描写し切れていません。

まとめると…

 動く都市を見るなら素晴らしいです。もう一度みる? と言われれば見るかも。
 原作を読め!