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【感想・レビュー】映画:虐殺器官

映画

人間は見たいものだけしか見えないようにできているんだ
私たちの世界には指一本触れさせない

どんな映画?

 ガンにより、若くして亡くなったSF作家、伊藤計劃のデビュー作「虐殺器官」をアニメ化した作品。サラエボが手製の核爆弾で消滅した後、先進国では生体認証など監視システムを導入し、テロ対策が進んでいた。
 一方、それ以外の世界は発狂すると決めたかのように、順調に発展するかと思われたた諸国が、内戦や虐殺へと転げ落ちていった…
 


「虐殺器官」予告映像

内容

 サラエボが手製の核爆弾で消滅した後、先進国は生体認証などの監視システムを導入し、テロの恐怖から自由を得ていた。一方、その他の世界では、順調に発展するかに見えた国が内戦やテロに見舞われ、虐殺も頻発していた。アメリカ情報軍情報検索群i分遣隊に所属する特殊部隊隊員クラヴィス・シェパード大尉の任務は、「あるアメリカ人を見つけること」。
 「ジョン・ポール」と呼ばれるそのアメリカ人は、発展途上国支援のために国の窮状などを訴えるPR担当として、情報宣伝にかかわっていた。しかし、彼が訪れた国はその後、内戦やテロへ転げ落ち、虐殺へと発展していく。
 ジョン・ポールがチェコ共和国の首都プラハを訪れた、という情報を得たクラヴィスチェコに駐在するビジネスマンを装い、チェコ語の個人教授として生計を立てるジョンポールのかつての愛人、ルツィア・シュクロウポヴァの元を訪れる。情報機関から「プラハで消えた人間のトレーサビリティ(追跡可能性)はゼロ」と言われる都市プラハでルツィアに連れられたクラヴィスが見たものは、生体認証ではなく、独自の地方通貨を使った支払いができるクラブの存在だった。クラブのオーナー、ルーシャスは「自由とは取引である」と考え、政府の情報管理から外れたクラブを運営していた。
 クラブからの帰り道、ルーシャスなど「計測されざる者たち」を名乗るジョンポールに協力する人々に捕らえられたクラヴィスはジョンポールと出会う。
 ジョンによれば、人間の脳には虐殺を肯定するモジュールがあり、それを動かす深層文法、いわば「虐殺の文法」が存在するという。それに対して、「思考は言葉によって基底されたりしない」と反論するクラヴィス。特殊部隊の突入でクラヴィスは救出されるが、ジョンポールとルツィアは姿をくらましてしまう。
 その後、インド・パキスタン国境にジョンポールが潜伏しているという情報をもとにジョンポールの逮捕に向かったi分遣隊のメンバー。戦闘適応感情調整、痛覚マスキングを受けた特殊部隊員たちは、子供兵を含む敵兵を次々と射殺しながら任務を遂行していく。逮捕されたジョンポールはクラヴィスに向かって、戦闘時に自らの行為を正当化し、任務を冷静に遂行するために感情を調節する戦場適応感情調整の持つ作用と、虐殺の文法が持つ作用はとても似ているものだ、と言う。その途端、i分遣隊は自分たちと同じような痛覚マスキングを受けた謎の部隊の追撃に巻き込まれる。
 ジョンポールは過去の戦死者、行方不明者のIDを持つ「計測されざる兵士」によって奪還されてしまったが、i分遣隊は彼とルツィアがウガンダに潜伏していることを知る…

感想(ネタバレあります)

(用語解説が必要な方は先にwikipediaを読むことをお勧めします、ただしネタバレあり こちら:虐殺器官 - Wikipedia
  虐殺器官は、夭逝の作家、伊藤計劃のデビュー作であり、ゼロ年代ベストSFの一つとして知られる名作であるが、人間が生まれつき持っている文法生成機能と、人間の行動に影響を及ぼす「虐殺の文法」、そして、兵士が戦闘時に冷静に戦えるようにする戦闘適応感情調整や痛覚マスキングとの関係、そして、テロと自らの住む世界の関わりなど現在の世界が持つ問題をたくさん含んでいるSF作品であるため、映像化は難しいのではないか? と言う疑問を持って見ていた。
 映画版「虐殺器官」のストーリーは、クラヴィスの見る「死者の国」の夢のくだり、また、彼が「殺した」母とのエピソードが大きく削られている。(そもそも母の存在に触れられていない)。ただし、それ以外の部分は割と忠実に映像化しており、映画の時間内という制約の中でうまく話をまとめていると感じた。
 ただ、伊藤計劃氏のブログに書かれている「主人公が実は大嘘をついていました」という裏読みを映画版で行うことはできない。
 「映像化」という部分でいうならば、クラヴィスたちがヒンドゥー・インディア共和国暫定陸軍との戦闘で、廊下から出てくる少年兵たちを次々と撃ち殺していくシーンは、オルタナ(ARみたいなやつ)で視界上に表示されたレティクルが移動し少年兵たちを次々と射殺していく、まるでFPSゲームのプレイ動画ように描かれる。少年兵を次々と射殺する、という場面を衝撃的に描くのではなく、あえてゲームのように描くことで、クラヴィスたち特殊部隊員たちが冷静に、何の迷いも、罪の意識もなく射殺していく様子を観客が追体験できるようになっていた。
 この作品は、表現方法の追求のため、また、制作会社の倒産などで公開が遅れ、ハーモニー、屍者の帝国に続く最後の公開作品となったが、結果的に公開時期である2017年の世界の現状にとてもマッチしていると思う。
 虐殺器官の世界では、9.11以降、そしてサラエボ核兵器で消滅した後、先進国は個人認証を徹底し、誰がどこに行き、何をしたか、まで徹底して監視する社会を構築し、テロの脅威から逃れている。指紋や虹彩、脳波まで感知するセンサーが各所に設置され「個人の自由」というものを徹底的に明け渡すことで「テロからの自由」を得ている。
 現在でも通信の傍受や、歩き方からテロリストを見つけ出す監視カメラ、など虐殺器官の世界の技術へと一歩一歩近づいているが、虐殺器官ではそれらの対策に対して疑問を投げかけている。

ほんとうの絶望から発したテロというのは、自爆なり、特攻なり、追跡可能性を度外視したものであるからだ

 この言葉は、現在ヨーロッパやアメリカで問題となっている「ホームグロウンテロリスト」の存在を予言したかのようなものだ。難民や移民を受け入れて、受け入れ先の社会との再統合に失敗した時、また、格差が広がっていき、貧困層が絶望した時、どんなテロ対策も無効にするテロが起きてしまう可能性が存在する。
 では、その時「真のテロ対策」として何ができるだろうか?
 自分たちの生活を少しばかり犠牲にしても世界の人々を救うか、それとも、テロの原因となる人々を徹底的に排斥した社会を構築するか。
 作品中では、ジョンポールが世界中で虐殺の文法を唄い、虐殺やテロ、内戦を起こすようになった理由としてサラエボのテロで妻子を失ったことが挙げられている。

彼らには彼らで殺しあってもらう、私たちの世界には指一本触れさせない

 世界は、世界中の平和を願うほどには発展していない、そして人は見ないものしか見ないのだから、世界を私たちが暮らす世界とそうでない世界の二つに分け、私たちが暮らさない方の世界にあり、私たちの自由が原因で苦しめられていることに気づきそうな国を混沌に落とすことでテロが私たちの世界を脅かすのを止める、というジョンポールの考えに、私たちはどれだけ反対できるだろうか?

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