山椒魚戦争 著:カレル・チャペック

-山椒魚総統はみなさんに協力を要請する。みなさんの世界を解体するため、われわれと協力していただきたい-

どんな本?

 チェコの小説家カレル・チャペックによるSF小説。私が読んだものは岩波文庫(赤)で定価770円。

本のあらすじ

山椒魚の発見

 赤道直下の島タナ・マサ島の「魔の入江」で2本足でたち、子供のような手をもつ真っ黒な怪物が住んでいた。真珠を探す船長ヴァン・トフはこの「魔の入江」にすむ怪物こと山椒魚と遭遇し、彼らに真珠を採らせ代わりにナイフを渡す、という交易を始める…

「労働力」としての山椒魚

 知性を持ち、言葉を話し、道具を使うものの、おとなしい性質の山椒魚は疲れを知らない労働力や水中工事など様々な労働を肩代わりし始める。世界中に輸出された山椒魚は人間の文化や文明に大きな影響を与えるようになる。

山椒魚戦争

 人間社会に山椒魚が欠かせないものとなり、反山椒魚運動などの反対もありながら、山椒魚は世界中で労働力として使われるようになり、その総数は人間の数をはるかに超えた。しかしある時、ルイジアナ州や中国で地震が起こり、土地が沈没する、という事件が起こる。災害でパニックとなる人類にチーフ・サラマンダーからの連絡が入る…

感想

 現代SFの古典、という本書の紹介は古いんだか新しいんだか…
カレル・チャペック氏は「ロボット」という言葉を作った人(本人は兄が作ったといっているが)として知られており、山椒魚戦争は現代で言うところの「ロボットやコンピュータが反乱を起こすSF物」になるのでしょう。
 人類と敵対しているわけではないただ、住む場所を増やしたいのだ、と言う山椒魚側の言葉は、人間に攻撃されたと勘違いして反乱を起こす、といったような理由よりはるかに不気味な気がする。
 また、山椒魚なしではやっていけなくなった人類文明は山椒魚と戦争を続けながら一方で山椒魚側へ物資を供給し続けなけらばならない、と言う皮肉な事態に陥ってしまうところも、鋭い文明批判になっている。
 

 

潜航指令 証言 -北朝鮮潜水艦ゲリラ事件- 著:李光洙 訳:辺真一

-問題は江陵から38度線まで80キロ近くあることだが、夜間泳いで日中は陸に上がって隠れて休養をとる、というパターンを2、3日繰り返せばいけそうな気がした。-

どんな本?

 北朝鮮の潜水艦が韓国の江陵で座礁し、武装した工作員・乗組員が韓国に上陸、約2ヶ月間、韓国国内を逃走し小説「宣戦布告」の元ネタとなった事件「江陵浸透事件」。事件に関わった工作員で唯一逮捕され、その後、転向した李光洙氏が自身の派遣から逮捕、転向までを証言したノンフィクション。

どんな内容?

 李氏は、潜水艦乗員(戦闘員・予備案内人)として作戦に参加。潜水艦が座礁し、18日未明に上陸。翌日の19日、逃走中に通報により逮捕される。
 逃走中、そして逮捕後に彼が知ることになった、高速道路を車が頻繁に行き交い、女性が車を運転し、山奥の民家に電話がある、という韓国の実像は、祖国北朝鮮で教えられてきたものとは全く別のものだった。このことに南の人民は飢えている、韓国は貧しい、と教えられてきた彼は衝撃を受ける。韓国の実情を知らなかった筆者がその実態を知って衝撃を受ける場面の連続はなかなか面白い。子供の頃から教えられ、さらに外国の情報を知ることもなく育つと、これまで見聞きしたものがどれだけ嘘にまみれていても疑うことなく信じてしまう。ジョージ・オーウェルの「1984年」にも独裁を成立させる要素の一つとして、他国の情報を入れないこと、が出てくる。教育と情報の重要性、また、北朝鮮人から見た韓国、という珍しい視点を楽しめる。

 

 

【映画・感想】アメリカン・スナイパーと「ネイビーシールズ最強の狙撃手」

人を殺すのもそれが職業になればそのやり方に創意工夫を凝らすようになる。戦闘では、できるだけ強力な武器を投入したくなる。また、敵を倒す新しくて独創的な方法を、あれこれ考えるようになる。「拳銃で殺してなかったか? それじゃあいっぺんやってみるか」

どんな映画、本?

 アメリカ軍史上最多の160人という狙撃記録を持ち、敵からはラマディの悪魔、として恐れられたスナイパー、クリス・カイルは、戦場では特殊部隊兵士であり、アメリカに帰れば子供と妻を持つ父親でもあった…
 アメリカ軍特殊部隊の狙撃手クリス・カイルの自伝「ネイビーシールズ最強の狙撃手」を基にした戦争映画。

映画、本の内容、みどころ

 映画に関しては、狙撃兵としての狙撃、海兵隊とともに屋内への突入、オリンピック出場経験のある的狙撃手「ムスタファ」との対決、敵に囲まれた状態からの脱出など、戦争映画としての見所は多い。そして、戦場で殺害数を重ねて「伝説野郎」とあだ名される一方、アメリカに帰国した後も戦闘時の記憶がフラッシュバックする、謎の高血圧に悩まされる、妻のタヤに「心は戦場から帰ってきていない」と言われるなど、家庭に帰った後も戦場でのストレスに悩まされる姿を描いている。
 一方の自伝「ネイビーシールズ最強の狙撃手」(以下「最強の狙撃手」)では、本人の戦場での体験を中心にしており、家庭に関する描写はあまり多くない。読み手としては、戦場にいる時の方が生き生きしているような感じすら受けるが、そうでなければ特殊部隊の隊員は務まらないのだろう。映画の冒頭で手榴弾を投げようとした子供と母親を狙撃する場面があるが、「最強の狙撃手」ではこの母子を含めて自分が殺害した敵については、「そうしなければ味方が殺されていた」、「殺害について後悔したことはない、神の前でもその理由を説明できる」と書いている。映画ではこのあたりの心理をうまく描けているか、というと少し微妙な感じはする。もっとも、ビーチボールに掴まって川を渡ろうとする敵のビーチボールを撃ち抜いていき、敵が残りのボールを奪いあう様子を見て「楽しかった」というシーンなんか、映像化したら問題になりそう。(笑)
 これらの戦場を楽しんでいるかのような描写を強調すれば、クリス・カイルはそれこそ本当の「悪魔」として描かれてしまうだろうし、本人も「戦場に行ったことがなければ人の死や戦場で見たことについて冗談を言ったり、笑ったりするのは理解できないだろう」と書いている。戦場と家庭を行き来する兵士の姿に重点を置いた映画と、自身が体験した戦闘について、自身の考えや感情をありのままに書いた自伝、両方を読み、見ることをお勧めする。

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米軍が恐れた「卑怯な日本軍」 帝国陸軍戦法マニュアルのすべて 著:一ノ瀬俊也

どんな本?

 地雷や手榴弾を使った仕掛け兵器、夜襲や狙撃、投降したふりをして騙し討ち… 現場の兵士が創意工夫で生み出した罠になんと「対空地雷」まで。
米軍が作成したマニュアル「Punch Blow the Belt」(ボクシングでベルトの下を攻撃すること、だまし討ちという意味があるそうです)を元に、米軍が恐れた日本軍の「卑怯な戦い」を明らかにする。

どんな内容、感想は?

 第1章では、米軍マニュアルをもとにして地雷や手榴弾のような「罠」や死体や一般人、米兵になりすましての騙し討ち、など、米軍が恐れた日本軍の「卑怯な」戦い方について解説する。マニュアルの解説と同時に、各所で米兵や日本兵の回想録を引用し、実際の戦闘で、双方がどのように戦い、相手の罠、だまし討ちに対してどのような感想を持ったかが書かれている。
 米軍の日本兵評もあり「偽装が巧みで、絶対に命令に従い、怪我や病気をしていても死ぬまで戦い、忍耐力とスタミナは最も厳しい状況に耐える」とする一方で、厳しく育てられたせいで、自分自身のために考える力がない、一旦作られた計画に固執して、状況が変化しても自発性や創造性を発揮できない」と書かれている。(耳が痛いね。)
 卑怯な戦い方以外にも、日本軍の夜襲や狙撃、陣地への潜入についても書かれている。木を叩いたりして人数を多く見せたり、機関銃っぽい音を出して混乱を誘うなど、一見バカバカしく見えるけれど、戦場の緊張下ではこれが有効なんだねぇ。
 第2章、第3章では、日本が米軍に仕掛けた「罠」や騙し討ちのような対米戦術をどのように構築していったかを学ぶため、中国戦線、南方戦線での日本軍の戦闘の変化を追っていく。一般に言われるような日本軍の「銃剣突撃重視」「白兵、精神主義」が実はそうではなく、軽機関銃を重視していたこと、しかし、中国戦後に陸軍が想定していた「対ソ連」の戦術として、物量で勝るソ連に対して、「精神主義」的な側面が見え出すことがわかる。前に書いた、「各国陸軍教範を読む」も合わせて読むと、面白いかもしれない。

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 第4章では、日本軍の仕掛け兵器について。地雷や手榴弾を使用した仕掛け、砲弾を再利用した地雷などが登場する。極め付きは「対空地雷」。嘘だと思うかもれないけど読めばわかるから。

 日本軍の仕掛け兵器、狙撃や騙し討ちについて解説されているだけでなく、戦中の日本軍戦術の変化についてもわかりやすく書かれている。マニュアルだけでなく、回想録などで実際の戦場で兵士が体験した感想も合わせて書かれているのが非常に良い。本書中に登場する回想録は米側のものも、いくつかが日本語訳されて出版されているので、それらを読むときも参考になるだろう。

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ΑΩ 著:小林泰三

どんな本?

 人間とは全く違う生命体である「ガ」はガの一族を攻撃した「影」を追って地球へやってくるが、その時に航空機と衝突、墜落させてしまう。地球に降り立ったガは、地球上での生命維持の為に墜落した航空機に乗っていた会社員、諸星隼人の体を借りることにする。その結果、死んだはずの諸星は事情を知らぬまま再び蘇り、ガと「影」との戦いに巻き込まれてゆく…

内容と感想

 情報生命体である「ガ」が「影」という別の生命体を追って地球に飛来、それに巻き込まれて死亡した人間、諸星隼人の体を借りることになる… というストーリーは、全体として「ウルトラマン」のパロディになっている。諸星とか、隼人とか、そして隼人が(本人の意識のない状態で)「ガ」の戦闘体に変身した時の描写など、各所に「ウルトラマン」を彷彿とさせる描写がある。
 「ガ」の生態は、情報生命体、という実体としての体がなく、プラズマや電磁波などとして情報のみが存在する生命体、という大変理解しにくいものだが、そんなガの一族の生態や、戦闘体に変身する際の描写など各所にSF的な練りこみがあり、読んでいて面白い。
 そして、作者らしい「グロ」も満載で、冒頭の飛行機事故の場面や後半の融合した人間や生物の肉壁、(血管住宅ってやつね。)などは、想像するだけでえぐい描写だ。諸星の体が損傷していくに伴い、ガが戦闘体に変身できる時間も減っていき、さあ、どうする? と読者の気を引きつけて離さない。最後は「ウルトラマン」ではお馴染みの「あの時間」まで減るのは笑える。
 一言でまとめてしまうなら、めちゃスプラッターウルトラマン。情景を頭に浮かべながら最後まで流れるように読もう。

 

【感想】ジョン・ウィック チャプター2

どんな映画?

 マトリックスなどで有名なキアヌ・リーブスが伝説の殺し屋「ジョン・ウィック」を演じて大ヒットしたアクション映画「ジョン・ウィック」の続編。

映画の内容

 逃げるバイクとそれを追うジョンの車。冒頭からのカーチェイスの末、バイクの男を殺したジョンは、カードキーを奪い取り、前作「ジョン・ウィック」で彼の愛車を奪い、亡き妻からもらった子犬を殺したロシアンマフィアのヨセフ・タラソフのおじのアジトへと奪われた愛車を取り戻しに向かう。
 次々とマフィアを殺し、愛車を奪い返した彼だが、カーチェイスの末、車はボロボロになっていた。彼は車を闇自動車修理工のオーレリオに修理を頼む。
 そして、彼は平穏な生活に戻るべく、銃やスーツを地下室の床下の箱に入れ、封印する。
 そんな彼の元に、イタリアマフィア「カモッラ」のボス、サンティーノが訪れる。
 彼はジョンとサンティーノがかつて交わした血の契約を果たすべく、不可能と言われる暗殺を依頼する。しかし、平穏な生活を望むジョンはその依頼を拒否、サンティーノはグレネードランチャーで彼の家に放火し破壊する。家、そして、妻との思い出を破壊されたジョンは、サンティーノの依頼したサンティーノの姉の殺害、そして、サンティーノへの復讐を決意する。

 感想

 前作から引き続いての無駄のないアクションとかっこいいカーチェイスシーンが魅力的。ストーリーは何かへ収束していく、というより「殺しが殺しを産む」、というように次から次へと組織や人物が出てきては死んでいくような感じで、先が見えない。綺麗な結末のあるストーリーというより、むちゃくちゃに話が広がっていく感じだけれど、何かを解決する手段として、殺し、しか方法を知らないのだからしょうがないよねぇ…
 作中では「無敵ガジェット」的な感じで防弾スーツが登場する。これのおかげで、少しぐらいの被弾を物ともせず敵を撃ちまくるスピィーディーなアクションが生まれているけれど、逆に「どうせたまに当たっても死なないんでしょ」と思ってしまうのが少し残念だったかも。

ブラックボックス展の追記

ブラックボックス展と痴漢の話

 先日ブラックボックス展について書いたけれど、気になる記事をいくつか見たので追記します。
 ブラックボックス展の感想を見るに酷評とかじゃなく、問題になりそうなものがいくつかあった。
 「何もないじゃねーか、クソが」系のもの、展示会の意味がわからなかったひとの感想はまあしょうがない。
 私も、「理解できねーよ、ぶっちゃけ眠い」という感想しか出てこない展示会に行ったことあるし。(ちなみにその芸術家は有名で評価もしっかりしている方なので、私の見る目がないだけです。)
 だけれども、痴漢があった、それも結構多数、というのは展示会の意味以前の問題だ。まず、ブラックボックス展の暗闇を利用して痴漢をしよう、と考えた人がいたのはびっくりした。
 私が思うのは、この騒動は防げたし、こうなることを予想して対策するべきものだったと思うけど、まず大事なのは、「痴漢したやつが一番悪い」という原則。
 私はサザエbotの中の人の人格や人柄については何も知らない。
 なので、私は、なかのひとよ氏が痴漢を誘発させるためにこの展示会を開催したとは思っていない。
 ただ、私が、実際あの展示会を見に行った時に(暗闇だから手を伸ばして歩くわけだけれど)これは人に触ってしまうのではないか? という疑念を抱いたのは確か。(代わりに壁に手を触れて、前には手を出さないことにした。)
 そして、暗室前のスペースで「胸を触られた(手が当たった?)?」みたいなことも聞いた。
 今回の痴漢騒動について、これは防げたであろうし、防がなければならないものだったと思う。
 例えば、暗視式の監視カメラをつけたところで展示会の内容、持つ意味になんら変化はないのだから。
 私は自分の持つ価値観を揺さぶり、当たり前を破壊する現代アートが大好きだ。
しかし、現代アートが一人の人間の人生を破壊するものであってはならない。